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この問題で、誰かを責めるばかりではなく、 僕たち自身の糧にできることは、何か? ◆ 薬害肝炎まとめ 目次 ◆ トップページ
(追記)
ここまで9回の連載で、僕なりに薬害肝炎問題をまとめてきたつもりです。 問題を発生させた政府の責任を指摘し、またときには原告の方々に批判的なことも書きました。マスコミの責任も追及しました。 しかし、では、僕たち自身は悪くなかったのか? 他人のことを批判するのはたやすいことです。解決の努力をするのは彼らであり、僕たちはそれを責めていれば済むからです。 でも真摯に問題と向き合うならば、僕たち自身が反省しなければならないこともあるはずです。「彼らだけが悪かった」と思うのは、思い上がりであるように思います。 薬害肝炎問題は、単純に誰かを責めれば解決するような問題ではなく、さまざまな事情が複雑に絡み合った問題でした。その複雑さを概観できるような記事に、この連載がなればいいなと思っています。 そして、その複雑さの中には「市民の責任」も含まれているはずだと思うのです。 最後にその点に触れて、この連載を終えたいと思います。 まず、「自分の健康には自分で責任を持つ」という態度を、僕たちは十分に持っているでしょうか? その点から振り返らなければならないように思います。 あとになっていくら国や病院を責めたところで、亡くした命は取り戻せません。素人では限界もありますが、まずは自分でできるかぎりの努力をすべきです。 輸血歴のある方は、すでに肝炎の検査を受診されましたか? 国は不十分とはいえ、2001年からは肝炎対策を実施していました。輸血経験者に検査を呼びかけており、住民健診にも肝炎検査は取り入れられました。他の病気で医療機関に行っても、輸血歴は必ず聞かれますし、それがあれば肝炎検査を勧められるはずです。 輸血による肝炎リスクは、アメリカ産牛による狂牛病や、遺伝子組み換え作物、中国産食品の残留農薬中毒リスクよりはるかに高いものです。正しい知識のもとに、適切な対応を心がけるべきです。 生命保険には入っていますか? 恥ずかしながら、僕はまだ入っていません。 病気というのはいつかかるか分かりません。一度大病を患えば、健康保険に加入していても、最大で月10万円程度の負担額が生じます。そのリスクに備えておくのも、本人の責任です。 生命保険は、大病の兆しがあれば加入は困難になります。例えば糖尿病が診断されたあとでは不利な条件で加入しなければなりません。そのことも考えて、早めの加入をお薦めします。 医療のリスクと限界を知り、正しく活用していますか? 今日ではインフォームド・コンセントと言って、医師は医療行為の効用とリスクを事前に説明してくれます。その内容をきちんと理解した上で、納得して医療を受けていますか? 医療のリスクを認識しない過重な責任追及が、不幸な結果を招いた例があります。まさに薬害肝炎の被害の拡大に直結した事例です。 1965年に産時出血で死亡した産婦について、その担当した医師が医療訴訟で敗れました。「フィブリノゲン製剤の投与を含む必要な止血措置を取らなかった」ことが敗訴の理由でした。 この医療訴訟の結果が、(薬害肝炎原告団が「有効性がなかった」と主張する)同血液製剤の普及を促進した面もあるはずです。 『輸血措置止血措置の遅れ』 訴訟事例に学ぶ治療上の責任 産婦が出産時に死亡するリスクは皆無ではなく、医師にもその運命は変えられないことがあります。 「死ぬはずもない病気で死んだ、だから医者が悪い」という安直な思考は、僕たち自身のために改めるべきです。 自分が受ける医療行為については、事前に納得できるまで医師に聞くべきです。有害な結果が予期せぬ形で現れる恐れも踏まえ、その医療行為を受け入れるかどうかを自分の責任において選択すべきです。 薬害肝炎の支援が遅れたのは、僕たち市民の責任でもあります。 薬害エイズが社会問題となったとき、すでに肝炎被害は報道されていました。その問題に僕たちが声を上げていれば、いま薬害肝炎が問題とされることはなかったはずです。 今でも、目をそらされつつある医療問題はたくさんあります。肝炎に関連するものに限っても、第8製剤や注射針の使い回しなどによる感染が見捨てられようとしています。 国は僕たちの声によって動くものです。後になって国を責めるばかりでなく、今ある問題にできるかぎりの注意を払う責任も、僕たちにはあるのではないでしょうか? このような「市民の責任」を果たすため、僕は「科学に責任を持つ市民」という提案をしました。この連載の各記事冒頭にも掲げられているバナーです。 「科学」という一般的な枠組みを掲げていますが、これは今回の薬害肝炎問題にも当てはまるものです。 詳しい知識を持っている専門家が問題を指摘し、僕たち市民がそれに向かって声を上げれば、大きな力が生まれるのではないでしょうか? 市民のそれぞれが「薬害」というものを正しく知ろうと努め、救済からこぼれ落ちそうな被害者に目を配り、国と製薬会社の不正は追及し、自分にできることを探す… それを、それぞれの市民ができる範囲で行えば、今よりもっと良い社会になるはずです。 「国の対応」は、僕たちが行動の主体ではないという意味で、他人事です。非難することはできますが、取って代わることはできません。 だから、この「科学に責任を持つ市民」であろうとすることこそが、市民自身が「未来のためにできること」だと僕は思います。
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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10回連載の論考、お疲れさまです。 |
kusukusu URL 2008/02/03 22:10 |
下記のものです。 |
kusukusu 2008/02/03 22:16 |
kusukusuさん、ありがとうございます。おかげさまでようやく終われそうです。 |
birds-eye 2008/02/04 21:21 |
おじゃまします。 |
アイスゆず 2008/02/05 21:57 |
本屋で探したけど売ってなかったです…orz |
birds-eye 2008/02/06 00:15 |
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