白鳥一声

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zoom RSS 人の「名前」について

<<   作成日時 : 2008/02/24 00:56   >>

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人生で一番大切なことって、何ですか?

 しばらく更新が滞りまくりです…

 今日も時間がないので、手抜き記事をひとつ。


 最近、市民税処理のバイトをしていると、いろいろな名前にふれる機会があります。
 人の名前です。
 太郎くんとか花子さんとかの名前です。

 ふと、「この人の名付け親は、どういう想いでこの名前を選んだんだろう」という考えにとらわれます。

 それで思ったのですが、「子供に名前を付ける」というのは、「人生で一番大切なことを教える」ということじゃないでしょうか?

 多くの場合、子供の名前は「このように生きてほしい」という願いを込めてつけるのだと思います。
 そうでなければ、幸運を願って縁起のよい字を選ぶとか。
 頼りになる人との縁を作るために、誰かに名付け親になってもらうとか。
 人によい印象を持たれるよう、語感でで選ぶとか。

 いずれにしても、それが大切だと思うからそのような名付け方をするわけですよね。

 子供が生まれた、その人生の一番はじめに、一番大切なことを教える一発勝負。

 かなり大変なことですよ。
 ふと、自分はできるのだろうかと考えました。

 これを読まれる方は、いかがですか?
 「人生で一番大切なことは、何ですか?」

◆ ◆ ◆

 このブログではけっこう硬派(自称)な社会問題を扱っていますが。

 どんな社会問題を考えるときでも、必ず人生哲学みたいなものが必要になると、僕は思っています。

 個別の具体的な問題ばかりにとらわれず、自分の理想というのでしょうか。
 個々の問題への自分の答えは「葉っぱ」に過ぎず、その根に何かがあるようなイメージです。
 そんな思いが大切なのだと、僕は思います。

 だから、社会問題を議論するならば、先の質問に自分なりの答えを出せる必要があるんじゃないかなと思います。
 とっさにはまとまらなくて、聞いてる人には何が何だか分からなくても、とりあえず自分の言葉が口をついて出てくるようじゃないと、社会問題を語ることはできないんじゃないか…

 自分はどうだろうかと、少し不安になったという話でした。

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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
私の名前は「哲之」です。
父曰く、間に「レ点」を打って
「これ(之)をさとす(哲)」と読むのだそうです。
「○○を教える(理解させる)」てな意味ですね。
教育家らしい命名です。

本当の読みは「さとし」です。
読めそうで、まず読めません。

子供の頃は、誰も正しく読めないことが、
妙に自慢でした。
しかし、当て字ではないそうで・・・

それだけでなく、
大抵の姓名判断で、良い結果が出るように
なっているそうです。
別に名前で人生が決まってしまうと思ったのではなく、命名辞典などを見ていて、ついつい凝ってしまったのだとか。

その父も、長年勤めた灘校を定年になりました。
が、嘱託として残り、それも後2年で終わるのです。
が、その後はドバイに教育協力に行くのだとか・・・

結局、教師にはならなかった私ですが、確かに、人に教える立場になることが多いです。
小林哲之
URL
2008/02/25 03:14
親が名を付けるのは確かに慎重になると思います。
音や画数、漢字の意味など。
ただ、どういう人物になって欲しいかで決めるのか?健康であって欲しいと思うのか、子供の出生状況にもよるでしょうし。ただ一つ言えるのは、流行や芸能人、あげくはアニメのキャラと同じだからなど、親の都合だけで決めるのは問題ですが。生まれた子供を見てから、名前を考えるべきものだと思っています。birds-eyeさんにも決められると思いますよ。ただ、縁起の良い悪いと言われると縁起の良さも考えることには成りそうですが。
一般人
2008/02/25 13:59
 お返事が遅れてすみませんでした。ようやくコメント欄に復帰した管理人です。

>小林さん
 お父さまは、「哲」の字を選ばれたのがさすがだと思います。「さとす(さとす)」だけでもいろいろな字がありますが、哲学の「哲」はなかなか出てこない、とても良い字だと思います。
 かくいう僕は、名前に「悟」の字があって、妙なご縁を感じたりします(笑) よく「吾」と誤記されて凹みます。
 お名前の読みは、失礼ながら僕も読めてませんでした(^^;) 「之」はつい「ゆき」と読んでしまいます…

> 命名辞典などを見ていて、
> ついつい凝ってしまった
 これは、僕もやってしまいそうで怖いです(笑) 気になりだすと止まらないのですね。
birds-eye
2008/03/02 16:33
(つづき)
 灘高は、僕の大学の同期にも卒業生がたくさんいたように思います。たぶん小林さんのお父さまが送り出された学生ですね。
 進学校には進学校の、教育の難しさがあっただろうと思います。このブログで教育問題も取り上げたいなと思っていたところだったので、私立の進学校というのはちょっと気になる存在です(^^;)
 それでも、日本の教育制度は世界的に見て優れていると思います。ドバイでは、どうか健康にお気を付けて、ご活躍をお祈りいたします。
birds-eye
2008/03/02 16:33
>一般人さん
 アニメのキャラ…(笑) バイトで書類の扶養者控除の欄を見て、最近の名前の傾向にカルチャーショックを受けています(^^;)
 でも今のご時世に、娘に「○○子」なんて名前を付けるのはやっぱり時代錯誤か? なんて悩みながら書類を処理しています(笑)

> 生まれた子供を見てから、名前を考えるべきもの
 これは、ちょっと意外でした(僕が深く考えていなかっただけですが) 確かに、そうかも知れませんね。
 生まれてくるまでに、男女両方の場合の名前を決めておく、なんて古風(?)なことを考えていた管理人です。出生前診断で性別を調べるかどうかは未決事項です(笑)

 しかし、生まれてから決めていたら、一月くらい赤ちゃんが名無しさんになりそうです… 優柔不断に付ける薬って、ないですかね?
birds-eye
2008/03/02 16:42
> 進学校には進学校の、教育の難しさがあっただろうと思います。

父は公立からの転職組なのですが、
公立高校より楽だったと申しております。
私立なもので、「嫌なら来るな」と言えるのが強いそうです。
彼は、教育には体罰が必要という信念の持ち主で、「言葉で伝わらない相手には、拳で伝える」と常々申しておりました。
ゆえに、灘では、
「親の私でも殴ったことが無かったのに!」
「そんなこっちゃから、こんな阿呆になったんやないか!代わりになぐったったんじゃ!」
という事件が何度も・・・肉体派社会科教師です・・・
原因は、成績が良いことを傘にきて掃除をサボるなど、些細なことが多かったようです。
最近の子供は、殴らなくても怒鳴るだけで泣き出す(高校生がですよ)ので、拳は不要になったそうですが、こんなことで、いいのだろうかと不安になるそうです。
小林哲之
URL
2008/03/05 16:23
> 「嫌なら来るな」と言えるのが強い
 な、なるほど… 効果的な切り札が、義務教育だと使えないのですね。

 肉体派社会科教師とのこと、恐れ入りました(笑)。
 「家栽の人」という漫画はご存知でしょうか? 最終シリーズで体罰をテーマに取り上げていて、とても充実しています。
 あれは、体罰肯定派の方はどうお考えなのだろうと、常々気になっています。

> 成績が良いことを傘にきて掃除をサボるなど
 うぅ… いますね…
 成績がよいのは自慢にならないという信念の僕なので、そういうのはやるせないです。

> こんなことで、いいのだろうか
 少なくとも、戦争に行こうとは思わないんではないでしょうか…
birds-eye
2008/03/05 22:43
> 効果的な切り札が、義務教育だと使えないのですね。
高校だと義務教育ではないのですが、なかなか公立ではそうもいかないようです。

> 戦争に行こうとは思わないんではないでしょうか…
痛みという生存欲求に根ざす良心形成がなされていないと、容易にタブーを乗り越えてしまうことがあるようで・・・このあたりは、学校教育というより家庭教育の問題ですね。


高校教師になった友人の話だと
高校生になって初めて人を殴った場合、加害者側が
・指の骨を骨折
・不登校に
・PTSDに
など、
小林哲之
URL
2008/03/06 01:59
おお、別項で改めて書こうと思ってたことが、一緒にUPされてました。すみません。

子供の頃に喧嘩で勝ったり負けたりする経験がないと、他人を傷つける事に対する閾値が下がると同時に、その結果を収集する能力が欠如するのではないか、という仮定のお話を書いていて、紛れ込んだようです。
すみません。
小林哲之
2008/03/06 03:47
追伸です。
残念ながら「家裁の人」は読んでおりません。
ひとつ感じるのは、子供(特に小学生以下)に善悪やモラルを柔らかな言葉で伝えるのは、恐ろしく難しいということです。
彼や彼女の知らない単語を使っては、伝わりません。また、意味を誤解しているかも知れません。一部の意味しか知らないかも知れません。
たとえ話に共感できないかも知れません。
(ウサギとカメの話で「怠けなかったカメは偉い」ではなく「起こしてあげないカメは悪いやつだ」という印象を持つ子供が居ることは有名ですね)
もし体罰以外で伝えるなら、何かが起こった、その瞬間に、タイムリーなリアクションと共感能力をもって、伝えるしかないのではないでしょうか。それができる人は、かいぎられて居るという気がします。
話題がそれてきましたね。
いずれ改めて、どこかに書きたいと思います。
小林哲之
2008/03/06 04:09
> 義務教育
 しまったぁぁぁ〜(笑) 頭ボケてました、高校は義務教育じゃないですね。
 公立に配慮がいるのは、わかります。

> 容易にタブーを乗り越えてしまう
> 喧嘩で勝ったり負けたりする経験がないと
 この話は、大変興味深かったです。そういえば僕も、小学校ではずいぶんケンカもやったなあと思い出しました。
 改めて書きたいとのこと、とても楽しみにしています。

 体罰を使わない教育についても、なるほど…
 「家栽の人」では、体罰が必要とされる教育現場の実態まで踏み込みながら、それでも学校側が民事訴訟に敗れる結末です。それでも、体罰が無くなって学校が荒れたことを示唆する描写が出てきたり、「被害」生徒が「体罰」教師に礼を言うシーンがあったり、いろいろ考えさせられます。
birds-eye
2008/03/09 22:40

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