白鳥一声

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zoom RSS 「公正な議論のために」

<<   作成日時 : 2008/02/11 16:16   >>

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相手の揚げ足を取るのでなくて、
相手の意を汲んで議論するということ。
このエントリーは、記事集≪白鳥一声≫のために書かれました。 ここに書かれた内容は、僕birds-eyeが最も大切に思う考え方を表しています。

 このブログの記事をいくつか読まれた方は、僕がけっこう頻繁に「公正な議論のために」「公正な記述のために」という言葉を使っているとお気づきになるかと思います。
 今回は、そのことについて書きます。

 実は、僕はこの言葉があまり好きなわけではありません。「公正な」というのがいかにもおこがましい気がするからです。
 それでも他に適切な言葉がないので使っているわけですが。

 僕がこの言葉を使うときは、だいたい以下のような場面です。
  • 僕が反対、ないしは必ずしも賛成しない立場の意見に対して
  • そのような対立意見の存在に自分のブログで言及するにあたり
  • (おそらくその対立意見が考慮しているであろう)この論拠または事実に触れずに記事を書いたら
  • 僕の記事だけを読んだ人に、その立場に対して著しく不当な誤解を与え
  • それが建設的な議論のためにマイナスになると思われる
 そんな場面です。


 僕は人と議論するときに気をつけたいと思っていることがあります。
 相手の主張の言葉尻をとらえるのではなく、その真意を察そうと努力した上で、自分の意見を述べることです。

 議論を通じてよりよい結論を得るためには、自分と異なる意見も良く理解して吟味する必要があります。
 しかし、僕自身がそうであるように、議論に参加する人のおそらくほとんどは、それぞれの意見を「完全に、誤解無く」他人に伝えることはできないと考えます。当然だと思っている前提が相手に伝わっていなかったり、言葉に誤解があったり、鋭い言葉が悪意と勘違いされたり、あるいはその主張を知らしめる機会がなかったり、などです。

 それを発言者の責めに帰すよりは、僕は、受け手の側でもそれを補い合う努力をする方が好ましいと思います。不毛な言い合いがヘリ、少ない言葉で良い結論を得る充実した議論ができます。

 そのためには、「相手が合理的な判断をしている」という前提の元に、自分と相手の意見が異なる理由を考えることが大切だと思います。
 僕が「公正な議論のために」というフレーズに続けて指摘する内容は、このような姿勢で物事を考えるために必要な内容だと考えるものです。

 僕は、このような形で対立意見に配慮することが、誰の害にもならないことだと信じています。自分の信じる意見を揺るがすものにはならず、かえってその説得力を増すものだと考えています。
 それは、立場の如何にかかわらず、全ての人の幸福につながるものだと考えています。

 だから、僕は自分と異なる立場を取り上げるとき、その合理的な根拠を探り、それを紹介しようとする姿勢を持ち続けたいと思います。

 僕が頻繁に「公正な議論のために」という言葉を使う理由でした。

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