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zoom RSS 大連立打診(3): 議論できない議員たち?

<<   作成日時 : 2007/11/15 22:05   >>

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仲間の言うことは全て認め、敵の言うことは全て否定する―― 
自然な心情ではありますが、未熟であり、論壇に立つ人に許される態度ではありません。
大連立なければ政治は停滞するという、その根源の問題ではないでしょうか?

(この記事は以下の記事の続きとして書かれたものです。)
 大連立打診(1): 問題点の整理
 大連立打診(2): 一般論としての是非

 いったい、今の日本政治を考えるとき、自民党と民主党が大連立を行うのと行わないので、どちらが日本国民のためになるのでしょうか?
 民主党が政権運営の実績を作るため、大連立に応じるというのは悪い話ではないように思います。政局が安定し必要な施策が行えるのは確かにメリットですし、それに民主党の立場が反映されるのであれば民意をないがしろにしているという批判も当たらないでしょう。
 しかし、政策形成の場が国会から自民・民主の「密室」協議に移るのは大きなデメリットです。自らが与党であり続けるために、どことでも手を組む自民党というのも問題です。それに、大連立によって民主党が国民から背信の目で見られるリスクは確かにあるでしょう。

 僕は、大連立を行うべきではないと考えています。その長所より短所を重視するからです。政策決定が密室協議で行われ、議論の過程が国民の前に示されないのは致命的です。

 しかし、そのこと自体よりも問題に感じることがあります。衆参両院で与野党が逆転すると、なぜ国会は機能不全に陥るのでしょうか?
 両党が国会という場で政策協議を行い、議論をつくし、よりよい政策を行うことが理想であるはずです。その過程は国民の前に示され、それこそが次の総選挙で有権者の票の行き先を決める材料となるはずです。にもかかわらず、なぜそれが行われないのでしょうか?

 僕は、国会議員たちの資質に疑念を抱きました。

 ディベートという競技があります。ある命題に対して、賛否いずれかの立場を(自分の心情とは関わりなく)与えられ、純粋に論理を戦わせて中立な審判員(あるいは聴衆)を説得する競技です。まさに、国会議員たちが行うべき事です。
 スポーツ競技が練習なくして上達しないように、この競技も修練を求められます。未熟な人同士の議論はかみ合わず、感情の応酬となり、相争うばかりで聴衆には何の利益ももたらしません。達人同士が行えば、聞く人は賛否両論について理解が深まり、そして自分の考えを決める助けとなります。

 ディベートである必要はありませんが、国会議員たちは討論の修練を積んできたのでしょうか? 「大連立しないと国会が機能しない」という主張を耳にして、僕はそれを疑問に思いました。

 朝日新聞の社説で、次の言葉が目にとまりました。
  「大連立、さもなくば全面対決では、日本の政治はあまりにも貧しい」
   『給油新法―接点を探れぬものか』
   朝日新聞社説2007.11.13
Web魚拓
 全くその通りだと思います。議員たちが、その立場にふさわしい議論の姿勢を持つことを望みます。

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白鳥一声
2007/11/18 16:47

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