不適切な医療行為について、医師の方が考えること

刑事罰を用いないというなら、
医師をどう取り締まるのか?

 「医師の診療行為については、刑事責任を追及するな」

 という主張があり、僕も賛同しています。
 医師が患者の死によって刑事責任を問われるならば、医療行為を合法的に行えないからです。
 医療は不確実であり、必ず死と向き合う職業です。

 しかし、一般論としての「医者の刑事責任は追及するな」という主張は、すぐさま一般の方には受け入れ難いものだと僕は思っています。

 「明らかに避けることができた、医者が悪い事例もあるはずだ。それでも医者を免罪するのか?」

 このような対立意見があって当然だと思います。


 避けられない死で医師が罰せられてはならない。
 しかし、不適切だった医療行為は反省されなければならず、患者さんの無念がないがしろにされてはならない。
 よりよい医療を実現するため、医療の問題はどのように検証されるべきなのでしょうか?



 ここでは、この問題について医師の方が書かれた記事を紹介したいと思います。
 僕の考えを述べるより、まず「医師の問題意識」を一般の方に知って頂くことが有益だと思うからです。

 僕の勝手な解説を交えながらの紹介ですが、おつきあいいただければ幸いです。

◆ ◆ ◆

 まず、医師の方は「問題のある医療行為」をどのように認識しているのでしょうか?

 医療過誤報道についての医師のブログなどを読むと、医療者側を擁護する記事のほうがはるかに多く見かけられます。
 それでは、彼らは「最善を尽くす医師に問題など起こりえないと」思っているのでしょうか?

 違うと思います。
 「医者が悪い」場合は確かにあり、それは医師の方もよく分かっているのではないでしょうか。

 僕は、医師という職業を不当に貶めるつもりはありません。
 どんな職業にも問題のある人はおり、それは医師も例外ではないのです。
 それは、医師の方がいちばんよくご存知だと、僕は信じています。

お詫び

このエントリーを書いた時点で、僕はこの箇所である記事を紹介するつもりでした。現場で行われる、医師の視点から見た「不当な医療」について書かれていました。
しかし、この記事を執筆してから公開するまでの間に、当該記事を含む参照先ブログがアクセス不能になっていました。
諸事情を考慮し、当エントリーでも当該記事への言及部分を削除することを決めました。
その結果、不完全な記事になってしまいましたが、ご容赦頂ければ幸いです。

本来、ネット上という公の場で主張した内容はその筆者が責任を負うべきものであり、取り消せる類のものではありません。従って僕が自分のエントリーで、出典を明記してその内容に言及しても問題はないと考えています。
しかし、元記事が医療問題を告発する内容のものであったため、断りもなくその記事が参照不能になったことは、その信頼性が揺らいだものと判断いたしました。

万が一、この記事の削除がその内容に端を発するものだとしたら、僕は二つの危惧があることを指摘します
  1. 事実に即した告発であったにもかかわらず、医師集団内での不当な圧力により記事を削除せざるを得なくなった
  2. 筆者が事実でない内容を(あるいは医師という身分すらも偽って)告発し、不都合が生じたために撤回した
僕は、この記事の消去が、単に個人的事情によるブログの閉鎖か、ブログの移転およびサーバーメンテナンス、あるいは筆者の個人的スタンスとして謝罪・訂正を行わないことなどを理由としていることを祈ります。



◆ ◆ ◆

 それでは、医師から見た「問題のある医療」とはどのようなものになるのでしょうか?

 彼らが「無くしたい」と思っている事は何か、考えてみたいと思います。

 それはもしかすると、一般の方が医療過誤の報道などに触れて抱く問題意識とは異なるかも知れません。
 人の死は、一般の方にとっては非日常ですが、医師の方にとっては日常です。医師の方は人の死を見慣れている分だけ冷静に考えることができ、また医療に過信を抱く余地も無いはずです。(自分の将来への戒めとして: 「人の死に対して感覚が鈍くなっていて」「医療への理想が摩滅している」のであってはなりません)
 その医師の方々が、「こんな医療は問題だ」と思うものは何なのでしょうか?

 それを知ることが、よりよい医療を作るために医師と市民が有益な議論を行う助けになると思います。



 僕が最近読んだものでは、こちらの記事が「ヤブ医者とは何か」について非常に興味深い議論をされています。

  『ヤブ排除論に産科医が悲鳴』
   新小児科医のつぶやき
某所という事にしておきますが、近所のヤブが困るという話で盛り上がりました。ヤブと言っても少々腕が悪いというレベルの話ではありません。医師から見て、あれは問題と言うレベルの話です。おおまかですが、そこでまとまった困るヤブの定義として、

無謀な治療方針を強行、暴走して患者に被害をもたらし、その尻拭いを周囲の医療機関に押し付ける常習犯

とくに「常習犯」というところが重要で、同じパターンの被害例を量産するタイプと考えてもらえれば幸いです。医師にも失敗はありますが、同じ失敗を繰り返さないようにするのは基本だからです。

(強調は原文まま)


 こちらも、ぜひ元記事をお読みください。そちらではこのあとに「ヤブ医者にも信頼する患者がいるからやっかいだ」「ヤブ医者もいなければ困るほど医療は逼迫している」という興味深い議論も行われています。


 「失敗を繰り返す」という問題は、この一つ前の記事でも当てはまりました。
上記「お詫び」の事情によりこの部分の記事を削除しました


 「失敗を繰り返す」というのは医療の問題のすべてではないと思います。
 それでも、これらの記事から「医師の考える問題ある医療」を探ると、

  個別の事例の問題よりも、そこから学ばれず
  同じ失敗が繰り返される状況の問題


 こそが重要であるように、僕には思われました。

◆ ◆ ◆

 おそらくこのような認識を、多くの医師がお持ちなのだろうと僕は想像しています。その中で、「より良い反省のシステム」を真摯に考えておられる医師も多いはずだと、僕は信じています。

 それでは、医師の方はどのような方法で医療を改善したいと考えておられるのでしょうか?

 先ほど紹介した記事『ヤブ排除論に産科医が悲鳴』では、
正しい治療方法の啓蒙
ということを述べておられます。


 これは制度と言うよりは個々の医師の努力という類のものだと思います。(一般の方はご留意ください: ①「個々の医師の努力」はとても大切なものです。制度的なものでないからといって否定されるべきではありません。 ②心ある医師の方は、自分の人事評価には影響しないであろうこのような取り組みを真摯に行われています
 それでは、制度的なものとしては、医師の方はどのようなことを考えておられるのでしょうか?


 僕がこれまで読んだ記事の中では、次のものがもっとも印象深かったです。
  『ネット上で診療を評価する』
  『結果と考察-ネットで診療評価-』
   日々是よろずER診療

 この記事は、かいつまむと「後から振り返った治療方針の是非が、どれほど歪むものか検証してみた」というものです。
 一般の人は「思わしくない結果を見ると、正しかった治療も間違っていたと思うかも知れない」
 医師の立場からは「自分が訴えられることを思うと、間違っていた治療も正しいと言ってしまうかもしれない」
 おおむねそのようなことが書かれていると僕は理解しています。

 僕がこの記事で感銘を受けたのは、このような考察から建設的な提案をされている点です。
<提唱>
診療判断をする医師複数を、分野に応じて事前登録しておきます。そして、何がしかの事例が発生したら、誘拐事件が起きたときにメディアが報道自主規制をするのと同じ倫理に基づいて、いっさい報道は行わずに、登録医師に有害事象の結果を知らせないままで検討し、複数の評価を集めます。そして、統計的に判断をくだします。
 医療事故から有意義な反省を導くためには「治療行為の是非を判定する審判員に、その診療行為の結果を知られないようにしたうえで、審判が行われるべきだ」という主張だと理解しています。

 医師の方々は、(もちろん個々で紹介したご意見と異なる考えの方もおられるでしょうが、)その方なりのお考えを持った上で「医療行為の安直な処罰に反対」されているのだと思います。

◆ ◆ ◆

 さて、この「不適切な医療行為の反省と処罰」という問題を考える上で、いま国が導入を目指している「医療事故調査委員会(医療事故調)」に触れないわけにはいきません。

 僕もまだきちんと勉強できていないのですが、要するにこれは
  「責任追及と処罰ではなく再発防止を目的として、航空機事故の調査委員会のような事故調査委員会を設ける」
 というもののようです。
  『「医療事故調」実現へ 警察関与、重大事のみ 与党案』
   朝日新聞 2007.11.30

  『【主張】医療事故調 信頼取り戻す制度とせよ』
   産経新聞 2008.01.23


 ところが、この医療事故調の現状案(第二試案だと、僕は理解しています)は、医師のブログでは反対意見が非常に目立ちます。

 多くのブログ記事があり、僕もまだ問題点の整理ができていません。
 ただ、現状僕が理解している問題点として、おおむね次のようなことがあるようです。
  • 対象となる「診療関連死」の定義が曖昧で、妥当な医療でも救命困難な事例まで調査の対象とされかねない
  • 調査報告が民事はおろか刑事訴訟にも活用される
  • その結果、適切な医療行為に対しても刑事責任が過重に追究されるおそれがある


 今のところの僕の所感としては、以下のように考えています。(これはおおむね医師の方が考えることに反していないと僕は思っています。)
  • 再発防止のための医療事故調と、患者と医療者の仲裁をする制度とは、互いに独立したものとして別々に用意されるべきである
  • 再発防止のための医療事故調は、踏み込んだ原因究明と再発防止が図れるよう、医療者の保護が十分に図られなければならない。医師が自分に不利な情報を提供することで、罰せられることがあってはならない
    (注: 程度にもより、予定された手術に飲酒で臨むなど論外な例もあるはずです。でも、どこかで線引きをする上で、その線はかなり医療者側に寄ったものであるべきだという主張です)
  • 問題ある医師を処分することについては、医師の中での自浄作用を促進する制度を検討すべきだ
  • 患者と医療者を仲裁する制度では、医療の専門性を十分に考慮した仲裁が行われるべきだ。一方、患者側の困難にも十分な配慮が払われるべきで、専門家の中立的な関与紛争の早期解決のための工夫紛争に係る経済的・社会的負担の軽減なども配慮されるべきだ
    (なお、この稿に関連して、ADR(裁判外紛争処理)という制度が試行錯誤されているようです。以下の記事が、とても良く紹介して下さっています。
      『対立から対話へ ADR(裁判外紛争処理)について』
       誰に投票する?




(付録)
 医療事故調について、医師の方が書かれた記事を集めたものを作りました。
 これは、この記事を書くために、今の時点で僕のパソコンのブラウザ上で開いている関連記事です。僕が一度は読み、自分の考えをまとめる上で大きな影響を受けていますが、どの記事のどの部分がどうだというところまでまとめきれなかったものです。
 (僕が読んだ物で、ここから漏れているものもあるような気がします。机上を乱雑にする特技を持つ当管理人をご容赦ください)
 医療事故調の問題について興味を持たれた方は、ぜひ一読をお薦めいたします。

  『拙速な医療事故調設立へ反対声明』
   がんになっても、あわてない


  『事故調(第二次試案)』
   新小児科医のつぶやき


  『医療従事者の責任逃れ』
  『医療事故の下手人捜せ!ーー前編』
  『医療事故の下手人捜せ!ーー後編』
   さあ 立ち上がろうー「美しい日本」にふさわしい外科医とは

  『医療事故調賛成論者の主張』
  『厚労省第二次試案は医療崩壊を決定的なものにする』
   ある町医者の診療日記

  『北風と太陽の話』
   天国へのビザ


  『医療事故調、第二次試案について』
   「やぶ医者のつぶやき」~健康、病気なし、医者いらずを目指して



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