白鳥一声

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zoom RSS 9条存廃問題についての当ブログの考え方

<<   作成日時 : 2008/03/09 00:10   >>

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「戦争を無くす」という理想と現実の間で、
どうやって折り合いをつけるか?
このエントリーは、記事集≪白鳥一声≫のために書かれました。 ここに書かれた内容は、僕birds-eyeが最も大切に思う考え方を表しています。

 日本国憲法 前文
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


 同 第9条
第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
  (以上、国の法令データ提供システムより転載)


 憲法のこの部分に関わる、いわゆる「9条存廃問題」についての当ブログの考えを書きたいと思います。


 僕は、言うなら

  「9条存置」

 という立場に立っています。


 9条を変えないという点で、僕は「改憲論」には賛成しません。
 しかし、その内容を忠実に守るという厳密な意味において、僕は「護憲派」でもありません。

 そのことについて説明させていただきたいと思います。

◆ ◆ ◆

 まず、被爆3世という自分のルーツに対する後ろめたさはあるのですが。

 僕は、「日本の安全保障のために、ある程度の軍備は必要」だと考えています。

 僕は、国の安全保障が個人の権利と自由を守るために必要であることを、十分に認識したいと思っています。
 もし仮に、日本が他国に「侵略」行為を受けた場合、日本に在住する市民の生命と財産は脅かされます。
 だから、万が一にもこのような事態が生じないよう、十分な努力がなされるべきだと考えています。

 さらに僕は、この「侵略」の危険がゼロとは言い切れないと考えています。
 僕は、隣国の脅威をむやみに言い立てて国際的な信頼関係を損なう言動は慎みたいと思っています。
 しかし、日本の周囲には領土問題を軍事力によって解決する意思を持ち、かつそれを現在進行形で行っている国が存在するのも事実です。その点を楽観視することもできないと考えます。

 情勢次第で軍事的な侵略を受ける可能性がわずかでもあるなら、僕は日本が最低限の軍事力を保持するべきだと考えます。
 軍備の保有は、そのような侵略行為が行われる危険を小さくします。
 また、万が一の有事の際は、その軍事力が国民の生命を守る最後の一線になりえます。
 いくつかある外交カードの一枚として、軍備の保有も日本の安全保障に貢献すると考えています。

 資源を持たない日本が軍事力を持っても使えないという意見がありますが、僕はその主張に反対です。
 どんな国でも、世界中を敵に回した孤立の中で自国の安全を守ることはできません。それは日本でも同じなのですから、日本の軍備はそのためのものではありません
 資源を初めとするさまざまな支援が行われる、国際社会の理解と応援があるという前提で、日本の防衛政策は議論されなければなりません。この前提が覆るような事態は、軍備保有論議以前の日本の外交政策の失敗ですから、それはいずれにしても絶対に避けられるべきで、9条存廃問題には関わらないと思います。
 そして国際社会の支援があるならば、その力を増すために行える自国の軍備のあり方は議論できるはずです。

 あるいは、憲法前文にあるとおりに『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して』、不当な侵略行為も無抵抗に受け入れる完全な軍備放棄を求める意見もあるでしょう。
 しかし、僕は後で述べるような理由から、このような主張には反対です。

◆ ◆ ◆

 このような考えから、僕は自衛隊は(規模の問題はともかく)ある程度は必要だと考えています。
 しかし、僕は自衛隊が合憲だと主張するつもりはありません。

 自衛隊は、違憲です。

 冒頭に引用した日本国憲法の条文を読む限り、そう判断せざるを得ません。

◆ ◆ ◆

 それでは。

 自衛隊が必要で、しかしそれが違憲であるのなら、憲法のほうを現状に合うよう改正すべきなのでしょうか?

 この点が、僕の主張のもっとも大切な部分です。

 自衛隊を初めとする日本の軍備保有は違憲ですが、憲法は改正せず、違憲の状態のままこれらの軍備を保有すべきだと僕は考えます。

 僕は、法律というものにはある程度の「破りしろ」というものがあると考えています。
 例えば、車で走る60キロ制限の一般道路では、多くの人が70キロ程度の速度を出します。5キロ程度の速度超過では違反を問われることはまずありません。
 憲法9条も、そのようなものだと僕は考えています。

 では、この制限は無駄なのかというと、それは違います。
 60キロの速度制限は、運転者に「70キロ以上出したらいけない」という事を教えてくれます。また、「60キロ以上を出すときは心しろ」ということも教えてくれます。
 9条は僕たちに、過剰な軍備を持たない節度を求め、またそれを行使するのに限りなく細心の注意が必要であることを示してくれます。


 僕は、憲法9条を改正することで、滑りやすい坂道を転がり落ちるように日本の軍拡が進むことを恐れます。
 9条憲法のもとでも日本は軍事政策を行ってきましたが、その軍事政策に9条が発揮した抑止力もまた軽視されてはなりません。
 米国のイラク開戦に日本が直接的に巻き込まれることを防いだのは、9条の存在ではなかったでしょうか? イラク戦争は今や激しい非難を浴びており、日本政府はその反省を受け入れることすらできていませんが、この政府でも日本が重大な過ちを犯さずにすんだのは9条という先人の知恵があったからだと僕は考えています。
 また、日本は国力からも、海洋国家という地理的条件からも、空母を保有していておかしくない国です。その保有による多大な軍事費支出を思いとどまらせているのも、「専守防衛」という姿勢を求める9条の効用です。
 改憲により、このタガが外れてしまいはしないでしょうか?

◆ ◆ ◆

 僕は、日本国憲法の第9条はメッセージ性の強い条文だと考えています。

 いわば、「戦争のない世界への一里塚」ではないでしょうか?

 だとすると、後戻りは許されないはずです。
 たとえ戦争が未来永劫に無くならないものだとしても、そして現実が僕たちに軍備放棄を許してくれないのだとしても、僕たちは9条を捨てるべきではありません。
 それは、ラチェットの大切な一つの歯だと思います。


 しかし、そうだとすると。
 僕たちには9条を有名無実化させない責務や、その理念をできる限り守るという誇りある姿勢も求められますが、一方でそのメッセージを現実の中で運用する柔軟さも許されると思います。

 先に
 あるいは、憲法前文にあるとおりに『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して』、不当な侵略行為も無抵抗に受け入れる完全な軍備放棄を求める意見もあるでしょう。
 と書きましたが、僕がこの意見に反対なのはこれが理由です。

 9条を憲法の中で保ち、「専守防衛」を厳格に守って他国の武力紛争に関与しないだけでも、国内および国際社会には十分なメッセージが発信できると思います。
 「日本は(また)○○戦争に参戦しなかった」というニュースのたびに、世界中の人が9条を思い出してくれるはずです。

 一方で、丸腰のリスクを負って「完全な軍備放棄」を実現すれば、それはもちろん更に強いメッセージを国際社会に投げかけることになるでしょう。
 しかし、世界平和は一国の危険の上に成り立つものではなく、日本は国際社会への発信と自国の安全を両立させなければなりません。
 そのメッセージを、ここまでのリスクを負って発信することは、国際政治の現実の中では賢明でないと僕は考えます。

◆ ◆ ◆

 「侵略戦争を行わない」
 「“可能な限り”武力行使は慎む」
 「最低限の武力しか保持しない」

 この程度のことなら、どこの国の憲法にも書いてあると思います。

 一見不可能な「軍備の完全な放棄」を掲げ、それに伴い諸国に並はずれて厳格な軍の運用を行っていることが、日本の「平和憲法」のアイデンティティだと僕は思います。

 だから、自衛隊は保持しつつも、憲法9条は維持すべきだと僕は考えます。


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コメント(28件)

内 容 ニックネーム/日時
憲法改正というと9条が前面に出てほかの問題はあまり議論されませんが、もし9条がそのままだった場合憲法改正には賛成なんでしょうか?
刻廉
2008/03/08 23:49
「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と書いてあります。「国権の発動」から、日本は宣戦布告を行わないと読めます。また、「国際紛争を解決する」からは、日本国以外での紛争を想定していると読めます。したがって、日本国内に他国が侵略してきた場合には、国際紛争ではなく明らかに日本の主権を脅かしているのですから、侵略に対して対応する自衛隊は合憲だと思います。ただし、その装備内容や活動には国際紛争の種にならない慎重さが求められますが。安易な言葉にすると防犯活動は大切です。
一般人
2008/03/09 13:13
『法律というものにはある程度の「破りしろ」というものがある』のは危ないですよ。
時速10km程度の余裕があるのは、そこまで取り締まりできないという実情があるからです。
人口の半分が警察官にでもならない限り。
一般人
2008/03/09 13:46
>刻廉さん
 コメントありがとうございます。
 9条以外の改憲論議は、さまざまな論点があると思うので一概には言えないのですが… 僕は、内容によってはアリだと思っています。
 特に、憲法制定時に想定されていなかった各種の権利(例えばプライバシーの権利だとか、同性愛者の権利とか)を充実させるために条文を書き換えるのは、良いと思っています。
birds-eye
2008/03/09 23:41
>一般人さん
 「自衛隊が合憲」という議論には、僕はなかなか賛成できませんね。まず何より、条文を素直に読んだとき、読者は真っ先に「一切の軍備を放棄」と読むと思うからです。
 個別の解釈については、
> 国際紛争
 この「国」には、当然日本も入っていると思います。「他国の主権を脅かす侵略行為」も「国際紛争」というカテゴリに含まれると、僕は考えています。
 さらに、同条第2項「戦力を保持せず、交戦権を認めない」が決定的だと思います。

> 『法律というものにはある程度の「破りしろ」というものがある』のは危ない
 これは、原則論としてはおっしゃるとおりだと思います。
 ただ、以上のように僕は「自衛隊は違憲」という立場なので、理想と現実の折り合いをつけるためには、この点を妥協するのがいちばん良いと考えています。
birds-eye
2008/03/09 23:48
2条の「前項の目的を達するため」の目的と合致していない部分については問題ありません。
あと、時代に伴う権利と言われますが、今の憲法で十分な権利は保証されています。憲法に書いてある大切なことは、義務です。この義務から逃れて権利を主張するのはナンセンスです。今の時代、義務を果たしている人が何人いるでしょうか?政治家も官僚もこの義務を忘れています。権利を主張するためには、義務を果たす必要があります。あなたは、勤労と納税の義務を果たしていますか?
一般人
2008/03/10 08:18
こんにちは。
これまでの日本は、「解釈」という名の「法律の破りしろ」で、対処してきました。
また、「改憲」というと、イコール「積極的に戦争をする憲法に変える」と言う風に捉える方も多いようです。

私はむしろ、「解釈」によってコロコロ変わることのほうが危険、と考えます。
自衛戦争は良いのか?自衛隊は合憲なのか?
専門の憲法学者の中でも、解釈が分かれるような9条のアイマイな表現が良くない、と思うのです。
判りやすく言えば、「東大のエライ憲法学者の先生」が読んでも、「その辺の中高生」が読んでも、「同じ解釈」になるような表現に「改憲」すべきだと思います。
「たとえ自衛のためでも武力行使はしない」、「自衛戦はするが、他国への侵略はしない」等々、どういう表現にするかはココではひとまず置くとして。
以下続く。
Rover
2008/03/10 10:37
白鳥様。続きです。
「解釈」という名の「破りしろ」は、時代の要請等によってかなり「しろ」が変化します。
憲法9条制定当時の理念は、間違いなく「一切の戦力(自衛隊を含む)の保持は否定」だったはずです。それが、東西冷戦の下、警察予備隊⇒自衛隊、といった流れで戦力保持に迫られ、苦し紛れの解釈が「自衛権は、主権国家として普遍の権利〜」等の解釈で乗り切った、と私は感じています。インド洋での給油をはじめ、テロとの戦いも、「国際世界との協調」という名目で、「破りしろ」が拡大している気がします。
ミサイル防衛など、日本向けかアメリカ向けか判らないミサイルを打ち落とすのは?といった憲法9条に関わる本質的な議論が、「その場の空気」で解釈のみで行われる事を危惧するものです。

私の立場を書いていませんでしたね。私は改憲賛成の立場です。前段で書いたような、「誰が読んでも共通の解釈が行われる」ような表現に改めるべき、という改憲賛成論者です。
例によって長文、御免なさい。
Rover
2008/03/10 10:49
私もRoverさんの意見に共感します。
ただ、憲法を改正しなくても良いと思います。
自衛隊に関して特別措置法なるものが、存在しないような枠組みをしっかりと基本法として制定する必要はあると思います。自衛隊が演習のために外洋に行くのは良いとしても、それ以外は日本海域を出ないとか。日本国籍の船を個別に守るために護衛艦を同行させるなど、具体的な部分の明文化は必要ですね。ただ、基本法は憲法の次に大切な法律なので、国民投票が不可欠とは思いますが。
一般人
2008/03/10 12:16
 ご意見ありがとうございました。
 順に、お返事させていただきたいと思います。

>一般人さん
> 時代に伴う権利
 これは、僕も「改正するならしてもいい」という程度の肯定です。積極的に「改正すべき」とまで主張するつもりはありません。(基本的には、今の憲法でも十分に対応できると思っています)

> 義務
 う〜ん… 政治家とか官僚とか、僕にも釈然としない思いはありますが、これは改憲論議には関わってこないような気がします。
 守らないヤツがいるから義務を増やすというのもおかしな話ですし、守らないヤツの罰則云々は憲法ではなく法律の範囲ですからね。

> 9条解釈
 Roverさんもご指摘のように、そもそもこの条文が曖昧なのですが…
 2項「前項の目的を…」を限定の意味で解釈するなら、やはり1項「国際紛争」の意味と範囲が焦点かと思います。
 スポーツでも、「国際試合」と言ったら「日本も含む、2カ国以上の」試合ですよね?
 また、「紛争」という言葉の意味についてなら、「武力による主権の侵害」は「紛争」に含まれると僕は考えています。
birds-eye
2008/03/10 22:35
>Roverさん
 こんばんは。
 まず、Roverさんのような9条改憲論であれば、僕は一概に否定するつもりはありません。条文の意味の明確化のための改憲なら、その明確化された内容次第で賛成もします。

 ただ、僕は「戦争撲滅を求める世界の流れからは、9条精神の後退は許されない」という立場なので、例え現実の要請があっても軍備保有を認めるような内容での改憲には反対するつもりです。
 有名無実な条文でも、無いよりマシという考えです…

 そのうえで、ご指摘の「解釈改憲の危険性」については、深く同意します。
 僕は、きちんとした選挙も経ずに議論も尽くされずに、与党の判断で解釈改憲が行われてしまう日本の政治的風土を改めるべきだと思っています。海外派兵にしてもミサイル防衛にしても、有力な野党が存在する状況で政権選択選挙を行い、国民がその是非を決めるべきだと思っています。
 市民としてそれを求めていくことを前提としたうえで、僕は「破りしろ」論を掲げています。

 いかが思われますでしょうか?
birds-eye
2008/03/10 22:46
白鳥様。
ガチガチに枠をはめてしまうと弾力性を欠き、かえって動きが取れなくなる点はあり(飲酒運転の危険運転致死傷罪のような)、その意味で「法の破りしろ」という考えを100%否定はしません。

問題は、前にも書きましたように、その「しろ」の幅が時代の要請によってかなり変わるところでしょうね。
50km制限の道を60kmで走っても10kmオーバーですが、高速道なら80km制限を20kmオーバー、と言うように。60kmと100kmではかなり違いがあるでしょう?
一切の戦力不保持⇒自衛隊保持⇒PKO活動参加⇒海上給油⇒PKF参加? といった具合です。
また、一般人様も書いておられる「国際紛争」を、単に武力衝突と捉えるか、侵略的行為まで含むかによってもその対処の仕方が変る、「破りしろ」の幅が変わる可能性があると思います。後者なら、韓国や中国とも紛争状態にある(竹島、ガス田等)との解釈も成り立ちます。
以下続く。
Rover
2008/03/11 09:55
続きです。
つまり、「破りしろ」が際限なく拡大するのを防ぐ歯止めが必要なのですが、9条のようなアイマイな表現では、歯止めにならない気がするのです。何度もいうように「解釈」次第でかなり幅が出来てしまう表現ではなく、「どう解釈しようとこれ以上は無理」とハッキリ判るような表現にすべきでしょうね。

私は、軍備保有は明文化すべきと思っております。その上で、自衛戦しか行えない、侵略行為は出来ないような表現が良いのだろうと思います。もっとも、ではどういう表現が良いのか?と言われると困りますが(卑怯なようですが本音です)。
また、そもそも「自衛戦」の定義すら曖昧な面があり、例えば先の戦争も、有る意味「日本は自衛戦だった(経済的意味において)」と言えなくもない。

戦争は単なる殺し合いや喧嘩とは違い、相当高度な政治・外交活動です。憲法9条の理念は確かに尊いものと認めますが、現実面に目を向けるとその理念が通用しない、場合によっては不利益をもたらす事もありうるように思います。答えになっておりますでしょうか?
Rover
2008/03/11 10:09
私も改憲論に賛成の立場です。
法律は確かに「破りしろ」と言える部分があるのも事実ですが、現在の第9条は「しろ」ばかりで本体がない状態になっています。これでは子供を教育する時にどう説明しますか?国の最高の法律を守らないことが当たり前となっていては、法律を守りなさいと説明できますか?
憲法自体がGHQの管理のもとで作られたものであり、前文にしても第9条にしても理念はすばらしいものがありますが基本的には日本が侵略国であり、日本を押さえておけばよいとの考えで作られている気がします。ですから日本が自らを防衛することが抜け落ちており、現状に即しないのは当然です。また設立の法的根拠が曖昧な自衛隊で、国民がリスペクトするのですか?また自衛隊自身、この状況でモチベーションが上がりますか?根本的に考え直す時期に来ていると思います。
LT
2008/03/12 10:11
憲法第9条の堅持に関しては、何をおいても優先されるべき事項であると考えています。

もし、9条改正が行われれば、日本は米国の先兵として各国に兵隊を派遣することになるのは必定であり、また世界的に見ても、軍事拡大路線の障害であった日本が軍事国家になれば、歯止めのかからない世界情勢に一変するのは想像に難くないと思います。

過去にエントリーした記事が参考になれば、と思い、リンクしましたので、ご参照下さい。

http://blog.livedoor.jp/passionmaster/archives/50162178.html

http://blog.livedoor.jp/passionmaster/archives/50167842.html
see21
URL
2008/03/16 00:19
see21様。
憲法9条改正=日本の軍事大国化・海外出戦、という図式は少し硬直的ではありませんでしょうか?確かにコレまでの政府の言動からは、アメリカから推されてなし崩し的に拡がりつつある、という印象がありますから、そのご懸念も判るのですが。9条の理念を堅持したままの条文改正も不可能ではないのでは?と思料いたします。ただ、その為には日本国民の強い意志が必要なのは言を待ちませんね。

PS:上記リンク上手く出来ませんでした。PC未熟者ですので、ご容赦下さい。
Rover
2008/03/17 10:35
>憲法自体がGHQの管理のもとで作られたもの
これは自民党議員がよく改憲の理由として出してくる言葉ですが、その元となった憲法案は鈴木安蔵という日本人の方が作ったものです。詳しくは↓
●ttp://www.magazine9.jp/juku/043/043.html
それに自衛隊は1950年代の朝鮮戦争の時にアメリカが「アメリカ軍に協力する軍隊を作れ」と日本に要求してきて出来たものです。この時すでにアメリカにとって9条は邪魔なものになっていたのです。
過去に侵略戦争を侵した日本にとって他のアジア諸国に日本という国を認めてもらう為には9条は絶対に必要だった筈です。もちろん今もです。
うろこ
2008/03/19 17:01
うろこ様。はじめまして。
私は、憲法が「押し付け」であろうがそうでなかろうが、“日本国民が変える必要を認めるのであれば”改正して然るべきと考えています。
「押し付けだから変える」、「押し付けではないから変えない」ということではありません。憲法に限らず法というものは、どうするかはその国の国民が決めることですものね。

>侵略戦争を侵した日本にとって、他のアジア諸国に認めてもらう為には9条は絶対に必要だった筈。もちろん今も。

うろこ様にお尋ねいたしますが、
・過去にアジアを侵略したのは日本だけですか?
・それ以外の国は、9条が無いためアジア諸国から認められていないのですか?
・↑認められているのなら、何故それらの国々は「9条なしでも」認められているのでしょうか?
Rover
2008/03/20 12:35
うろこ様
日本国憲法は、GHQのマッカーサー元帥、ホイットニー准将からの基本指針と合わせ、チャールズ・ケイディス大佐が起草したものと理解しています。その草案に日本人が関与していても不思議ではないと思いますが、だからといってGHQの管理のもとで作られたという事実が変わるものではありません。問題なのは第9条が現実に即していないということです。現在の社会情勢も60年前とは異なっており、見直す時期に来ているのではないかということです。

続く
LT
2008/03/21 16:54
続き

>過去に侵略戦争を侵した日本にとって他のアジア諸国に日本という国を認めてもらう為には9条は絶対に必要だった筈です。
これこそが侵略国として抑えようとしたGHQの教育ではないですか。Rover様も書かれているように、当時の日本は他の先進国同様に植民地政策を行ったに過ぎません。アメリカ・イギリス・フランス・オランダ、すべてアジアに植民地を作り「侵略」をしていたのではないですか。むしろ植民地での政策について日本は、他の先進国とは違って朝鮮・台湾では搾取一辺倒ではなかった事実もあります。植民地政策が良かったというのではありませんが、その善悪について現在の常識で裁いてはいけないものと考えます。
LT
2008/03/21 16:55
もう憲法改正と9条改正は切り離して考えたほうが良いんじゃないでしょうか。
憲法にはいろいろと問題があるはずなのにいつも9条問題で止まって先に進まない。
60年前にできた憲法はもう時代遅れといって過言ではない、それなのに9条だけでもめていて改正できないなんて日本にとって損でしかないですよ。

9条改正は私は賛成なんですけど、現実的に改正できるかというと無理だと思いますね。
9条論議はこれからも延々とされるでしょうけど、正直目新しい意見はもうでないでしょう。
9条が改正されるには日本が攻め込まれて何千、何万と人が死ななきゃ無利だと思いますね。
刻廉
2008/03/23 01:43
刻廉さま。
確かに憲法は9条のみではありませんね。「切り離すべき」ではあるのでしょう。

ただ、仮に憲法が改正される場合、コレまでと一番大きく変わるのは、やはり9条かと。
「主権在民」や「基本的人権の尊重」その他、個人の権利等に関する条文などは、そう大きくは変わらないでしょう。まさか「基本的人権はあまり尊重されない」等という改正は無いでしょうから。

それに比べて9条は、場合によっては180度変わる可能性があるため、危惧する方も多いのでしょうね。

>9条改正には何千、何万と人が死ななきゃ無理。
それを補うのが「想像力」のはずなのですが、「9条があれば平和」と主張される方々には不足しているようにも思えます。←こう書くと叩かれそうですね。
Rover
2008/03/24 11:43
Roverさんの主張される「想像力」は極めて大切だと思います。9条改憲で問題なのは自衛隊の存在を認める、認めないと白黒つく問題ではないと思います。ただ、自衛隊が行って良いこと、悪いことを明確にしてきて来なかったことが問題だと思います。何を行って良いか、悪いかは想像力があれば規定できます。さらには想像を超える範囲は行ってはいけないこと。と規定するだけで良いと思います。隣国のすべてが銃をもっているのです。防弾チョッキは必要です。バズーカ砲の時は?ってことを国会が議論した試しはありません。自民党、民主は改憲派。旧野党は自衛隊違憲派。焦点がぼけています。お互いに議論がかみ合うことはありません。具体的な問題をお互いに避けています。だから、防衛省の官僚が好き放題してしまうのです。
一般人
2008/03/24 20:01
Rover様
たしかに一番大きく変わるのは9条でしょう。しかし、9条以外にも、私学助成問題や、改正手続きの問題、そもそも憲法自体が読みづらいなどの問題があります。
いきなり9条改正という非常に難しい問題に取り掛かるのではなく、できることからやったほうがいいと思います。

>それを補うのが「想像力」のはずなのですが、「9条があれば平和」と主張される方々には不足しているようにも思えます。
「9条があれば平和」と主張される方々の「想像力」が不足しているとは思えません。彼らは、9条が世界に広がることによって、平和になった世界を想像しているのだと思います。むしろ、9条問題についてよく考えない人々のほうが「想像力」は不足しているでしょう。
刻廉
2008/03/25 00:11
刻廉様。
やりやすい事からやってゆくのも良いでしょうね。すぐに9条に結び付けるのは、確かに変ですね。

「9条があれば平和」の方々は本当に想像力不足ではない、と思われますでしょうか?「平和になった世界を想像〜」というのは、単なる願望に近いかと思われます。平和は誰しも願うことでしょうが、現実を見据えない願望は単なる幻想に過ぎません。「9条を世界に広める」ことの不可能に近い困難さへの想像力不足と思料いたしますが。まあ、コレはどっちもどっちとも言えますね。
9条問題を良く考えない人々は、9条改正の結果、戦争の危機への覚悟はあるのか?とも言えますし。
Rover
2008/03/25 16:00
Rover様
9条についてよく考えない人々には、戦争危機への覚悟がない人のほうが多いと思います。だからこそ深く考えない。9条絶対主義者の方々よりも、こういう人たちのほうが問題でしょう。

刻廉
2008/03/26 22:35
刻廉様。

今の日本で、戦争危機への覚悟がある人は少ないでしょうね。歴史教育も近現代史はほとんど素通りのようですし、戦争というものをキチンと考える訓練ができていない。
ただ、9条信者も危機感の無さはあまり変わらないと思いますよ。「深く考えて」9条絶対というより、「9条があれば」平和が守れる、という単純な発想のように思えるのです。そこには、「9条があっても戦争になる可能性はある」という戦争危機への覚悟は無いように見えますが。
Rover
2008/03/27 17:07
9条を私はこう読んでいます。
日本は自らは「宣戦布告はしない」。でも「宣戦布告されたら戦うぞ」と。「宣戦布告された時の用意として自衛隊を持つ」のは合憲。国権としての発動は、「宣戦布告しない」。また「国際紛争」とは、外国同士が戦争していることに対しては「日本は参加しない」。防衛権については9条で言及しているように見えないが、国民の基本的人権を侵す行為(外国からの「宣戦布告」)には断固として抵抗する。と解釈しています。私は北朝鮮の拉致問題は宣戦布告だと思っています。宣戦布告されていながら、話し合いなんてことをするから、未だに解決しないのです。北朝鮮が拉致を認めた時点で、「日本にとっては宣戦布告されたに等しいが、本当にそう受け止めてよいのだな!」と確認しない政府が嘆かわしい。アフガンに派遣するなら、自衛隊は北朝鮮に派遣すべき問題です。6ケ国協議の米国、韓国、ロシア、中国にもそういうべきでしょう。北方領土もしかりです。「ロシアはいつになったら、日本への宣戦布告を解除するのか?」と話すべきです。対話路線の鈴木宗男議員を潰した自民党。いつになったら、解決するのか?
一般人
2008/03/27 20:50

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9条存廃問題についての当ブログの考え方 白鳥一声/BIGLOBEウェブリブログ
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