白鳥一声

アクセスカウンタ

zoom RSS 薬害肝炎まとめ 6.検証されるべき問題点(1) ずさんな薬事審査と、製薬会社と国との癒着

<<   作成日時 : 2008/01/29 20:42   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 7

「薬事審査の実態にメスを」 
「この機会に、医薬業への不信感の払拭を」


◆ 薬害肝炎まとめ 目次 ◆

トップページ
(追記)
このエントリーは、「科学に責任を持つ市民のブログ」の理念にもとづいて書かれています



 薬害肝炎の救済では、第三者委員会を設けて問題を検証することも取り決められました。

 「同じような不幸を二度と起こさないためには、何が必要なのか?」

 この問いが、検証作業の焦点になるはずです。

 もちろん、「最善を尽くせば、どこまでの被害を防ぐことができたのか?」という問いもこれに含まれます。その点は第4回で触れました。
 しかし、それだけではないはずです。

 国の対応にどんな問題があったか、第三者委員会が検証すべきことを、今回と次回の記事で考えたいと思います。

◆ ◆ ◆

 薬害肝炎の被害がここまで拡大したことについて、国の薬事行政に重大な問題が指摘されています。

 「問題の血液製剤は、本来はもっと早く≪再評価≫されるべきだった」
 「なのに、国はその検証作業を怠った」
 「国がそれを怠ったのは、製薬会社との癒着があったからだ」

 再評価とは、過去に承認された薬剤を最新の知見から評価し直すことです。
 その実施についての問題です。


 国は1970年代に、それまでの薬剤を一斉に再評価しました。しかしその対象から問題の血液製剤は漏れていました。

 漏れた理由は、「新薬として扱われた」ためです。
 「新薬」として扱われたのは、製薬会社が薬剤名を「フィブリノーゲン」から「フィブリノゲン」へ変更した、ただそれだけの理由のためです。
 しかも「新薬」としても、本来受けるべきだった審査を旧厚生省の≪裁量≫で免除されています。
 さらに、そもそも最初に承認されたときにさえ、その審査には問題があったと指摘されています。

 弁護側は、これが国と製薬会社(ミドリ十字)の癒着により起こったと指摘します。
 僕は、それが十分に疑えることだと考えます。

(参考)
  『なぜ薬害は起こったか(上)』
  『なぜ薬害は起こったか(下)』
   薬害肝炎訴訟 リレーブログ
  『薬害肝炎』 Wikipedia

◆ ◆ ◆

 この経緯は、第三者委員会が断固として追究すべきものです。

 たしかに、国が製薬会社(ミドリ十字)に≪配慮≫するのにはそれなりの理由がありました。
 当時、国は「輸血の献血化」という政策をとりましたが、それは当時「売血」で合法的に商売していたミドリ十字(当時は『日本ブラッド・バンク』)の企業活動を完全に行き詰まらせるものでした。
 献血化政策が国民のためで、しかしそれが特定の企業に致命的な打撃を与えるならば、国がその企業と従業員のために適切な補助・支援を行うのは当然です。

 しかし、それは「薬事審査をごまかす」という形で行われるべきものではありませんでした。それは万が一にも健康被害が生じてしまったときに(そして現に生じてしまったのですが)、計り知れない禍根を生じます。
 ミドリ十字(日本ブラッドバンク)に対する支援は、きちんと「献血化政策の経過措置」として法制化されるべきでした。新薬開発のための公的支援か、他のものなのか、僕には判断できません。しかし、薬事審査で便宜を図るということではなかったはずです。

 きちんとした審査が行われていても、肝炎被害は防げなかったかもしれません。肝炎被害は諸外国でも発生しており、当時の医学水準で防ぐことは困難でした。
 しかし、だからといってずさんな審査体制が許されるものではありません。被害が生じたかどうか、ただの結果論です。国はそのリスクを少しでも小さくするために、国民の命を守るために、力の限りを尽くさなければなりません。
 なにより、肝炎被害を被った方々にとって、きちんとした審査が行われたかどうかで心にのしかかる無念さが全然違います
 国はその点に配慮すべきでした。

◆ ◆ ◆

 もちろん、このようなフィブリノゲン製剤にまつわる個別の経緯を明らかにすることも大切です。

 しかし、第三者委員会の検証が真に意義あるものとなるためには、このような個別の事例を検証するばかりでは足りません。
 薬事行政全体の体質が改められるべきだと僕は考えます。


 日本政府による新薬の承認を、慎重だという政治家もいます。他国ですでに承認された薬が使用できるようになるまで、欧米は1年半しかかからないのに対し日本では平均4年もかかっているそうです。
 しかし、これは単に効率が悪いだけではないでしょうか? その点に、第三者委員会は切り込む必要があると思います。
 新薬承認の安全性と迅速性はトレードオフの関係にありますが、今より高いレベルで両立を目指すことができるはずです。第三者委員会は、これを政府に実現させる責任があります。
 人員不足で時間がかかるのは、「慎重な審査」にはほど遠いものです。さらに、製薬会社と国が癒着した関係にあるのなら、どれほど時間をかけようが無駄なことです。

 製薬会社に勤務歴のある方が、日本の新薬開発のすさまじい実態を書いておられます。
  『薬害エイズに関して、新薬の開発の裏面』
   TOSHIES VERDEN 1996年8月

 かなり昔の記事ですが、その内容は今回の血液製剤が承認された時期とも重なります。さしあたり僕はこの方の証言を信頼するものとします。

 第三者委員会は、このような新薬開発・薬事審査の実態にどこまで迫れるか?
 そこに、検証作業の真価が問われると考えます。

 本来、これらの問題は薬害エイズ問題が発覚した際に検証されているべきだった事柄です。
 しかし、このようなずさんな新薬開発によって大量の逮捕者が出たという話を、僕は聞いたことがありません。
 ならばこのような問題は依然として医薬業界に残っているのではないでしょうか?

 この記事は、主に製薬会社と臨床試験に関わる医師の側の問題を取り上げたものです。しかし、この筆者が「製薬会社、厚生省、医者の悪の三位一体」と述べておられることから、このような問題には国も深く関わっていることが伺えます。
 製薬会社と、国と、臨床試験に関わる大学医学部は、切っても切れない関係にあると僕は考えます。この三つは研究資金援助や天下り先の提供などにより、相互に密接につながっています。
  薬害エイズの構造≪患者のいのちはカネのなる木≫
   参議院議員 川田龍平ホームページ

※この図は、必ずしも全面的に信頼できるものとは限りません。同議員自身が薬害被害者であるためか、図中には主観的な表現が散見されます。しかしそれにさえ気をつければ、この図はそれぞれの主体の相互関係を僕たち市民が理解する助けになると思います。
 したがって、第三者委員会にはこれら三つの立場について、お互いの利益関係を厳しく追及してその全てを検証の対象とすることが求められます。

 以下、第三者委員会が追究すべき内容を示すため、先ほどの記事からの抜粋をもって僕の記事を終えさせていただきます。([]カッコ内は引用者)
 (なお、公正な記述のために、この筆者が「善意の医療関係者も大勢いる」と何度も断っておられることも記します。)
[新薬開発の現場が]組織として動いたとき、資本主義の世の中ではどうしても資本の論理が優先し、個々の善意は隅に押しやられてしまい、総体としてはとんでもないことをやらかしているのである。

第1相試験では健康人を用いて、毒性の限界を見る。この試験には、日本では慣例的に開発研究者が「ボランティア」でやる(やらされる)ところが多い。

同じ効き目でもボス[臨床試験を取り仕切る有力教授]をつかみ損ねる成るものもならない世界である。 このころ同じような薬で、基礎ではこちらのほうが、むしろ良く効いたのだが、ボスを間違えたために日本では承認されなかった抗生剤がある。この会社は、財閥系の大手化学会社であったが、薬業には新参者であった為、医薬業界でのしきたり知らず、在阪の公立医学部の教授をボスにしたために失敗したといわれている。 (優秀な薬で、アメリカでは承認された)

[動物実験にかかる数億円規模の]投資のリスクをできるだけ小さくするために、荒い安全性実験をしただけでこっそり[人間を使った]実態実験をするわけである。

医学の世界は面白いもので、しっかりとしたピラミッド型のヒエラルキーが成り立っている。 その大ボスから中ボス、小ボスと上下関係さえ間違わなければ、極めて仕事はシスティマティックにスムースに進む。

この薬は、有効性には厳しい欧米では相手にされていない代物であるが、効かない代わりに副作用も無いので国民皆保険のもとで大いに使われ単味の薬としては月商数十億の商品になった。 一旦権威ある所で、お墨付きをあたえると、有効性が否定されても、これをなかなか是正できないのがお役人仕事でしょうか。

大ボスの権威が如何に大きいかということについて、次のような例に遭遇した事がある。。 ある施設の治験効果が、無効症例ばかり続いたとき担当のドクターは自己規制して、自ら有効症例を増やし数字的にボスの施設の症例の平均値に持っていったことがある。

いわゆる、政治家がひそひそ話をする東京の黒くやたら高い塀に囲まれた料亭にも、某国立大学医学部の有名な教授様と同席する機会も何度とあった。

治験薬の研究会は、体裁は第三者を装っているが、実際は完全に会社がコントロールしているのは言うまでもない。

副作用を押さえる手段はいくらでもある。例えば、ドラッグヒーバー(薬熱)とカウントされた副作用は、その気になれば簡単に消去できる。

普通、投与は単味(一剤)で行われることは無いので、副作用は他の薬剤のせいにすればいいのである。
(中略)
前に述べた、財閥系で薬業には新参者の大手化学会社の新薬が失敗したのは、ここら辺の微妙なノウハウを知らず、この段階での副作用をそのままま正直に纏めてしまい、副作用の発生率が高かったのが最大原因であったといわれている。

ダブルブラインド(二重盲験)試験は、治験薬と対象薬の区別がつかないのが前提で成り立つ。 だから最大のからくりはここにある。

当然、会社側は[本来は知るべきではないのに]キーマンによって割り振られた薬の中身分かる仕掛けがしてある。

もっと確実に効果を出す方法(これはもう犯罪の領域)のトリック[があり、その方法が詳しく書かれている]

例の、財閥系の失敗した会社の開発責任者は風の便りでは、責任を取らされ閑職に配置転換されたという。 こういった日本の風土が、直接責任者に無理強いを無言の圧力で強いる。

そして問題が発覚すれば、トカゲのしっぽ切りで済ませてしまう。 これ以外にも(機会があればまた明らかにしたいが)、医薬品の開発あるいは医療の世界に於いては、人間の命をまるで実験動物ごとく扱ってまかり通っていことが多い。

しかし、いつも大元は挙げられず小物を挙げて一件落着で済まされている。

[製薬会社の課長などが]産業スパイ事件として捕まったが、内情を知っているものとしては捕まえる相手が違うのではないかと思った。 本当に悪い、厚生省の役人やその周りにうろうろしている大物ボスたち、会社の本当の責任者(役員)にはメスが入らなかった。

医療に関わる人のほとんどは、崇高な理念基づいて行動しているのも事実である。 しかし、白い巨搭の深部に金まみれの汚れた恥部があることも人々は知っている。

以上述べた事は、フィクションではないし誇張して書いたつもりもない。

彼は、[異常事態が想定される副作用の]発生率のデータを示し、直接の上司に製品回収を含む善処を何度も進言したが無視された。 後日、彼から聞いた話であるが、彼はその上司に「もしあなたの身内に投与されても構わないのですか。」とまで言って詰め寄ったらしい。 それでも、結果は握り潰され続けた。



――ブログランキング参加――
僕たちを取り巻く様々な問題を、より深く考えるため、
もしもこのブログの記事が少しでも皆さまのお役に立てたなら、
一日ひとクリックだけご協力いただければ幸いです。
1日2クリック以上は無効となるようです
この記事がより多くの人の目に触れる機会となります。
あつかましいお願いですが、よろしくお願いいたします。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
プラダ メンズ
薬害肝炎まとめ 6.検証されるべき問題点(1) ずさんな薬事審査と、製薬会社と国との癒着 白鳥一声/ウェブリブログ ...続きを見る
プラダ メンズ
2013/07/09 06:55

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
何を参照されているのか、参照元を確かめる余裕がなくてすみませんが、

> 当時、国は「輸血の献血化」という政策をとり
> ましたが、それは当時「売血」で合法的に商売
> していたミドリ十字(当時は『日本ブラッド・
> バンク』)の企業活動を完全に行き詰まらせる
> ものでした。

ここでいう「当時」とはいつですか。占領時代にGHQが献血(預血とも言った)を進めましたが、医療用血液を献血でまかなう体制になかなかなりませんでした。日本の本格的な献血体制は、1964年のライシャワー事件以後です。ただし、このときは「保存血液」のみです。

それから、ミドリ十字は、1964年以降は、血液製剤に特化し、企業として成長しました。「行き詰まり」とは何を指すのか、分かりません。
北村健太郎
2008/02/09 16:10
献血に関しては、

香西豊子
http://www.arsvi.com/w/kt27.htm
◆20061222 「バンキングと身体――日本における血液事業の展開から」,荻野美穂 編 20061222 『資源としての身体――身体をめぐるレッスン 2』,岩波書店,pp.109-132

が有益です。関心あればどうぞ。拙稿では、

◆20060331 「血液利用の制度と技術――戦後日本の血友病者と血液凝固因子製剤」
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2006/kk01a.pdf

があります。
北村健太郎
2008/02/09 16:15
> 「製薬会社、厚生省、医者の悪の三位一体」

はあり得るでしょう。しかし、このような分かりやすい(と感じられる)短い言葉よりも、同じ筆者の

> 個々の人たちは全くの善人が多い。組織として動いた
> とき、資本主義の世の中ではどうしても資本の論理が
> 優先し、個々の善意は隅に押しやられてしまい、総体
> としてはとんでもないことをやらかしているのであ
る。

という言葉のほうが重要だと思います。「癒着」というより、「不作為」が問題です。
北村健太郎
2008/02/09 16:32
.pdf が切れていたので再度。

◆20060331 「血液利用の制度と技術――戦後日本の血友病者と血液凝固因子製剤」
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2006/kk01a.pdf
北村健太郎
2008/02/09 16:34
>「当時」とはいつか?
 これは、記述が不正確でした。訂正します。
 当該部分の「当時」献血化が推進された1964年頃のつもりでした。献血化の引き替えに厚生省が血液製剤の承認に便宜を図ったことを指しました。

 教えていただいた資料、ありがとうございます。じっくり読ませていただきます。

>「癒着」というより、「不作為」が問題です。
 これも、ご指摘ありがとうございます。
 追記で本文に反映させたいと思います。
birds-eye
2008/02/10 13:10
>献血化の引き替えに厚生省が血液製剤の承認に
>便宜を図ったことを指しました。

やっとリレーブログ、読みました。まず、たとえ売血であっても、ミドリ十字がそれまでの血液供給を支えていたことは、大きな事実なので、国には「引け目」があったと思います。「癒着」という言葉は、少し的をはずしていると思います。

それから、鋭利な頭脳を持つ内藤良一のことですから、血漿分画製剤が今後伸びていく確信が少なからずあったのではないか。

また、本当に商品名変更「だけ」であったのか。肝炎ウイルス検査方法などの変更はなかったのか。「後見的にみれば」たかが名前ですが、薬価収載のときは薬剤が同定されないといけないわけですから、たかが名前とどこまで言えるか。

以上、感想です。
北村健太郎
2008/02/11 20:48
> 国には「引け目」があったと思います。
> 「癒着」という言葉は、少し的をはずしていると思います。
 まず、この記事の前半の論旨としては、「引け目はあったにしても、もう少しやりようがあったはずだ」というものです。僕のスタンスとしては、「癒着」は疑惑ほどのものとして考えています。
 血漿分画製材の発展を見越した裁量だったのだとしても、原則を外れた手続きを経て被害が生じたことは検証されるべきだと思います。その結果、検証委がシロという結論を(その論拠とともに)示すなら、それで問題はないと思います。
birds-eye
2008/02/12 21:45

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
薬害肝炎まとめ 6.検証されるべき問題点(1) ずさんな薬事審査と、製薬会社と国との癒着 白鳥一声/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる