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zoom RSS 薬害肝炎まとめ 2.被害者および弁護団の置かれた立場

<<   作成日時 : 2008/01/26 17:25   >>

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「被害者の方々が一番辛い思いをしている」
「弁護団は全ての肝炎対策のために訴訟した」
「『一律救済』決着は妥当ではないが、最善だ」


◆ 薬害肝炎まとめ 目次 ◆

トップページ
(追記)
このエントリーは、「科学に責任を持つ市民のブログ」の理念にもとづいて書かれています



 この薬害肝炎問題を語るとき、まず何よりも先に確認しなければならないことがあります。

 被害者の方々が一番辛い思いをされており、僕たちにはそれをとやかく言う権利はないということです。

 後で述べるように、僕は今回の「一律救済」は妥当ではなかったと考えています。しかし、それを主張した原告である被害者の方々を批判するつもりは少しもありません。
 ネット上で被害者の方々を中傷する心ない言葉を見かけますが、怒りを覚えます。

 C型肝炎とそれに伴うインターフェロン療法は、非常に重い負担を生じます。経済的にも高額ですし、副作用は生活と仕事に支障を来すようなものです。進行して肝硬変・肝がんから命を落とされる方も多く、その理不尽さは怒りを感じて当然です。
 しかも、国を相手に訴訟を起こすのはとてつもなく大変なことです。裁判費用を工面するのも並大抵ではありません。実名を公開してテレビに出れば、日常生活の中でも好奇の目にさらされます。

 それでも、これらの方々が訴訟に踏み切ってくださったからこそ、ようやく薬害肝炎の被害に支援の手が差し伸べられようとしています。
 その勇気と功績は称えられこそすれ、非難されるべきものでは決してありません

◆ ◆ ◆

 裁判のための戦略から、弁護団が被害者の大部分を切り捨てたという批判があります。
 「血友病」「投薬証明が得られない人」「注射針の使い回し」「第[製剤」「輸血による肝炎」…

 この非難は不当だと、僕は考えています。弁護団はこれら全ての被害を支援するため、敢えていまの原告の方々で訴訟を行いました。

 弁護団は、あらかじめ血友病患者の方々にそれを説明し、理解を求めたそうです。また原告の方々には、「代表選手」という言葉を使って肝炎被害全体への配慮を求めたそうです。
  『【肝炎救済】依然として残る難題‐傷つく薬害エイズ被害者』
   薬事日報 2008.01.18


 それが究極的には僕たち市民の世論を喚起するためであったのですから、僕たちに弁護団を非難する資格はないはずです。

◆ ◆ ◆

 今回「一律救済」という決着が行われたことについて、後で述べるように、僕はそれが大きな弊害を生じると考えています。
 しかし、それはいまの状況においては最善の解決策で、そのことで被害者の方々や弁護団を非難することはできないと考えます。
 あえて非難の対象を求めるなら、それは政府であるはずです。

 薬害肝炎訴訟の解決は、時間的に逼迫していました。訴訟の間にもどんどん被害者の方は亡くなっていました。
 しかし、今日に至るまで、ウイルス性肝炎の治療を支援する制度は整備されていません。患者の方々は治療が高額であるために行えず、それが政府の責任であるかもしれないのに、肝硬変や肝がんになるのを待つばかりでした。
 そのような中、最高裁まで争って政府の責任範囲を悠長に議論することはできませんでした。

 本来、まずはウイルス性肝炎の患者全てが生きていけるよう支援制度を整備してから、政府の法的責任を慎重に追究すべきでした。
 それが叶わなかったのは支援制度がなかったためで、そのツケを被害者の方々に回すのは不当です。
 だから、まさに、政府が「一律救済」という結末を引き起こしてしまったのだと僕は考えます。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
【肝炎救済】依然として残る難題‐傷つく薬害エイズ被害者
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薬のことなら薬事日報ウェブサイト
2008/01/28 10:18

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コメント(21件)

内 容 ニックネーム/日時
 今回の訴訟和解については良かったと思います。原告の方々のご苦労が報われて良かったと思います。
 ただ、行政が責任を認めていないことが本質だと思います。行政が責任を認めなかったのは、福田総理の過ちです。
一般人
2008/01/26 19:07
 一般人さん、早速のコメントありがとうございます。
 「行政の責任」 まぁ、微妙なところですね。「被害を拡大させた責任」は認めているのですが、具体的に何がいけなかったのか分かってるのかナ… という感じです。
 この記事は全10回の大型連載(長っ!)の予定なので、その中でこの点についてもぼちぼち触れていきたいと思います。
birds-eye
2008/01/26 20:55
> 被害者および弁護団の置かれた立場

まず、このエントリのタイトルにある「被害者」とは、肝炎感染者全員を指すのですか。それとも、原告団だけですか。

> 弁護団は、あらかじめ血友病患者の方々にそれを
> 説明し、理解を求めたそうです。また原告の方々
> には、「代表選手」という言葉を使って肝炎被害
> 全体への配慮を求めたそうです。

これは【間違い】です。弁護団は血友病者およびその類縁疾患に説明していません。だから、

「特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第IX因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法」案に対する意見書
http://www.livingroom.ne.jp/h/hcvopinion.htm

を出したのです。弁護団は「正義」ではありません。弁護団の言動は、鵜呑みにしてはいけません。
北村健太郎
2008/02/09 15:38
> いまの状況においては最善の解決策

そうは思いません。事後ですが、特措法は作ってはならない法律です。

> 被害者の方々や弁護団を非難することはできないと
> 考えます。あえて非難の対象を求めるなら、それは
> 政府であるはずです。

まず、特措法などどいう差別的立法を行なった与党が避難されるのは当然です。しかし、birds-eye さんもエントリで書かれているように、「全員」「一律」「救済」は、原告団・弁護団が言い出したことです。今に至る道を「作ってしまった」のは、原告団・弁護団だと「指摘」はできます。

> 政府が「一律救済」という結末を引き起こして
> しまった

ここでいう「政府」とは「行政機関」のことですか。それとも与党の「内閣」のことですか。先にも言ったように、「一律救済」を最初に言ったのは、原告団・弁護団です。
北村健太郎
2008/02/09 15:53
>「被害者」とは?
 これは、僕が混同してしまっていますね(汗) あとで訂正・補記します。
 まずは一般論として「肝炎患者全体について、その苦痛に配慮すべきだ」
 次いで、「原告の方々について、賛成できない主張もあるが、非難するのは酷だ」
 という主張でした。

>【間違い】
 ご指摘ありがとうございます。存じ上げませんでした。
 当該箇所に、いただいたご指摘を併記させていただきます。
birds-eye
2008/02/10 12:12
>特措法は作ってはならない法律
 これについては、僕は以下のように考えています。

 「肝炎被害は、様々な立場がそれぞれの責務を怠ったことで拡大した。それは国(立法・行政)もそうだし、傍観した市民もそうだ。原告は確かに訴訟戦略を誤ったが、その≪誤り≫は他の立場の≪誤り≫に比べると同等か、あるいはそれ以下なのではないか?
 原告はついに訴訟戦略を改めることをせず、2008年1月時点で特措法の可否が問われることとなった。しかし、その法律を否定すると、このような様々な立場の≪誤り≫のツケが、全て原告の方々だけに降り注ぐことになる。それは正義に反するのではないか?
 差別的扱いにより救済されない方々には、別に『一般対策法』が整備されつつある。それは特措法の有無とは独立して、必要な施策が検討されるはずだ。」
birds-eye
2008/02/10 12:30
(つづき)
 「もちろん、今回の特措法は避けられるべきなら避けるべきだった。繰り返されてはならない。
 しかし、2008年1月の時点でその法案を否決するよりは、様々なゆがみのしわ寄せとして甘受し、今後の努力として救済されなかった方々の対応を考える方がよいのではないか?
 その意味で、(原告が譲らなかった以上、2007年末〜2008年初頭の国の判断としては)最善だ」

>今に至る道を「作ってしまった」のは原告団・弁護団と「指摘」はできる。
 はい、その通りだと思います。すでにお読みいただけたかと思いますが、連載4で(僕としては辛めに)「指摘」させていただいたつもりです。

>ここでいう「政府」とは?
 厚労省(旧厚生省)および、おおむね1970年代後半からの歴代内閣、くらいを考えています。(勉強不足で、明確な範囲は決められていません)
 「一律救済」を訴えたのは原告側の誤りとしても、訴訟を強いるところまで彼らを追い込んだのは行政であるという認識です。
birds-eye
2008/02/10 12:43
>その≪誤り≫は他の立場の≪誤り≫に比べると
>同等か、あるいはそれ以下なのではないか?
>≪誤り≫のツケが、全て原告の方々だけに降り注ぐ
>ことになる。それは正義に反するのではないか?
>様々なゆがみのしわ寄せとして甘受し、

特措法成立後なので、それと関連させて言わざるを得ないのですが、原告団・弁護団の戦略の失敗は、いわゆる「今回切り捨てられた人々」にも、影響を与えています。それは「甘受」できることなのか。コメントされているあきさんや小林さん、その他多くの方々は、「甘受」できるのだろうか。

もちろん、第一義的に責められるのは、国・製薬企業であることは前提として、です。
北村健太郎
2008/02/11 20:06
>その意味で、(原告が譲らなかった以上、2007年末〜>2008年初頭の国の判断としては)最善だ

良く言って「次善」だと思います。『現代思想』でも若干触れましたが、訴訟終結の方法として、本当に議員立法しかなかったのか。これはもっと問われるべきだと思います。

このエントリで「政府」の定義について言及したのは、舛添厚労相、厚労省などの関係者の間に「温度差がある」と感じるからです。「全員一律」を文言通りに受け取れば、輸血からの感染者も含みます。厚労省は、文言通りに救済すれば、莫大な金額になることを「誠実に、現実を」回答したと思います。これは官僚の抵抗ではないと、私は考えます。
北村健太郎
2008/02/11 20:19
> それは「甘受」できることなのか。
 そこが今回の解決でいちばん辛いところだと、僕も思います。本当にそう思います。

 ただ、今回の解決は僕も痛恨に思っているのを表明した上で、それでもこの解決に忍従する理由を挙げたいと思います。

 まず、今回の特措法がなくても、「切り捨てられた人々」の処遇は実質的には変わらなかったと思います。一般対策法は他の疾病とのバランスを考え、今と同じ水準で検討されたのではないでしょうか?

 「不平等な扱い」ではありますが、実際に原告の方々は裁判と世間の矢面に立ちました。数千万の補償金は大きすぎます(記事にも繰り返し書きました)が、他の方と全く同じ扱いというわけにも行かなかったと思います。
birds-eye
2008/02/12 20:52
(つづき)
 切り捨てられた方々が「ないがしろにされる」のは、特措法が社会に発信するメッセージ「彼らは薬害じゃない」によるのだと思います。
 それは、僕たち市民がそう受け取らないよう気をつけるべきことです。

 原告の方と弁護団は「私人」であり、言ってしまえば「他人に配慮する義務はない」のだと思います。
 そしてその要求を突きつけられた国としては、本質的には「呑むか、蹴るか」の二択だったと思います。政情的に、蹴ることはできない状況でした。
 このような主体同士で問題解決を試みた時点で、今回の解決が望みうる限界だったのではないでしょうか?

 共闘したのに切り捨てられた方々が原告を非難することはできます。でも部外者である僕としては、弁護団の戦略がなければ関心を持たなかったかもしれないという後ろめたさもあります。
 僕自身が「切り捨てられた方々」に非難されることまで含めて、「甘受」すべきなのだと思います。

 この件、ご批判、お叱り、北村さまに限らずどなたでも書いていただければ幸いです。
 ご反論なども含めて、この件は追記させていただきます。
birds-eye
2008/02/12 20:52
> 本当に議員立法しかなかったのか。
 これは、僕は政治に疎いので他の選択肢が思い浮かびません。検証されるべきなのには同意した上で、北村さまの記事をお待ちいたします。

> 官僚の抵抗ではない
 僕も抵抗とまでは思っていません。「誠実に、現実を」回答したことには同意します。しかし、不作為ではあったと思っています。
 「文言通りに救済すればこう。現実的な妥協の可能性としてはA、B、Cなど。譲ってはならない一線は××で、その理由は△△。」という選択肢を厚労相や議員に出していれば、もっと良い解決を望めたと思っています。(連載7、「ウイルス性肝炎のインターフェロン療法支援については」以下をご参照ください)
birds-eye
2008/02/12 21:06
>原告の方と弁護団は「私人」であり、言ってしま
>えば「他人に配慮する義務はない」のだと思い
>ます。

おっしゃるとおり、「義務」はありません。しかし一方で、

> また原告の方々には、「代表選手」という言葉を
> 使って肝炎被害全体への配慮を求めた

りもしており、この二つは明らかに矛盾しています。「私人」の闘いに徹すればよかったのに、なまじ「全員一律救済」などという、司法で不可能な「崇高な理念」を掲げるからです。

心情として、原告団はそう言いたくもなるでしょう。しかし、そこで弁護団は、法律のプロとして「司法での全員一律は無理」と抑制をかけるべきだったのに、それをしなかったのは問題だと思います。
北村健太郎
2008/02/13 10:37
司法による解決に限界があることを認めた上で、以下のような声にどう向きあうのか。理性で回答できることではないことはお分かりだと思います。

「梶本洋子のつぶやき2」
薬害C型肝炎訴訟 法案概要固まる
http://kajimotoyoko.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_e543.html
-----

結局この何週間は自分にとって何だったのか。
一喜一憂させられて、結果やはり私は蚊帳の外。
裁判という大きな壁が私の前に立ちはだかった。
薬害C型肝炎訴訟の原告にさえなれなかった私に、裁判で勝てるはずがないではないか。

350万人のほとんどが原告になれない現実。
『切り捨ては許しません』
そう明言した「薬害肝炎全国訴訟弁護団」は、私たちのことをどう考え、どう回答するのだろうか。
原告になり得た者だけが彼らの『切り捨てない』対象だったのだろうか。

-----
北村健太郎
2008/02/13 10:43
少なくとも私は、上記のような声を前にしては、「甘受」「忍従」などという言葉は容易に使えません。

>選択肢を厚労相や議員に出していれば、

官僚には、選択肢を「出す義務」はないと思います。あっても「不完全義務」です。なぜなら、最終的な「決定者」は、厚労相や与党だからです。厚労相や与党が、「決定者」として判断するために、官僚の意見を「引き出す」のが筋だと思います。少なくとも和解に関しては。

あと、和解金の「出し方」も工夫があったと思いますが、その選択肢を「全員一律」という言葉が狭めてしまったと考えます。
北村健太郎
2008/02/13 10:57
 まずお答えしなければならないのは、
> 理性で回答できることではない
> 上記のような声を前にしては…
 厳しいご指摘であり、でも全くその通りだと思います。(ご紹介いただいた記事は、リンク集に追加させていただきます)
 これが僕がお返事を書く上でいちばん苦しいところで、一連のご指摘の中でももっとも悩んでいます。

 僕は、「甘受」「忍従」ということを、これら「切り捨てられた方々」にまで押しつけるつもりはありません。
 この方々には今回の解決を非難する資格があり、それも原告団や政府だけではなく、この状況を招いた国民全てを非難する資格があると思います。

 でも、僕たち国民は、その非難まで「甘受」してでも今回の解決は受け入れ、「切り捨てられた方々」には今後誠実に対応していくべきだと思います。
 そういうつもりでこの記事を書きました。
birds-eye
2008/02/13 22:49
 というのは、北村さまがご指摘の「原告・弁護団の問題」は全て認めた上で、一方でその功績も無視できないと考えるからです。

 原告が「私人」としての闘いに徹するということは、具体的には「少しでも大きい補償額を勝ち取るのに、肝炎全体の問題は引き合いに出さずに駆け引きする」という事ではなかったでしょうか?
 もちろん、それは勝算の観点からも分が悪かったと思います。
 しかし、勝算を度外視して原告がその方針をとっていたら、肝炎問題には光が当たらなかったのではないでしょうか?

 アイスゆずさんや僕をはじめ、一般の方の多くは「一律救済」というキーワードをとっかかりとして肝炎問題に向き合っていったと思います。関心を持って調べていくうちに、その中の何人かが「一律救済って言うけど、おかしいよね」という事実に気づきました。
 原告の方針のおかげでその事実に気づいた「一般の人」に、原告を責める資格があるのかどうか、その点に僕は疑問を感じています。それがこの連載2の趣旨です。

 だから、「一般の人」は「切り捨てられた人」の非難まで含めて全てを甘受すべきだと考えました。
birds-eye
2008/02/13 23:21
 僕は、原告側の方針として最も望ましかったのは、「一律救済という解決にこだわらず、原告間の格差(線引き)を認めたうえで肝炎問題の最良解を模索する」だったと思っています。これは北村さまのお考えと異ならないと思います。
 しかし、そうであっても司法の枠組みの中では、「カルテ有り」と「カルテ無し」、「先天疾患」と「後天疾患」が同じ扱いになったとは思えません。ならば、結局やるせない思いをされる方が生じるのは避けられなかったのだと僕は思います。

 司法という手段に頼らざるを得なかったのは、僕たち国民が至らなかったからです。原告が仮に司法という手段をとらず、市民運動で肝炎対策の拡充を求めていたら、これほどまでに世論は動かなかったと思います。

 だとすると、「切り捨てられた方々の無念」という観点からは、悪いのは国民と国で、原告が「一律救済」を要求したかどうかはそれほど大きな違いはなかったのではないか。だとすると、「一律救済」特措法の成立を認めるのも、至らざる国民としては仕方ないのではないか… と考えました。
birds-eye
2008/02/13 23:52
 ここまで、論理の綻びがあるような気がしてならないのですが… 最近うちのブログは読者の方に恵まれており、自信ないなと思った箇所は漏れなくツッコまれています(苦笑)

> 官僚には、選択肢を「出す義務」はない
 確かに、義務ではないと思います。その点には同意します。
 ただ、反省を今後に生かす上では、官僚がもっと能動的に機能する途も模索すべきだと考えます。
 事情に疎いのですが、議員より官僚のほうが行政の知識は持っていると思います。議員側が選択肢を「引き出す」のは現実的には難しいだろうと、僕は考えています。
birds-eye
2008/02/14 00:05
まず、私はどんな事情があるにせよ(訴訟戦略云々)、特措法は差別法である以上(現行法ではあるが)絶対に容認できないという立場です。そして、この差別法をもって「全面解決だ」とごまかそうとしている内閣・与党に責任があることは明白です。

一番に内閣・与党を責任を問うた上で(『現代思想』拙稿の順番に注目)、

> 原告の方々について、賛成できない主張もある
> が、非難するのは酷だ

というのも認めた上で、特措法を作ってごまかそうとしているのは、内閣・与党ですが、原告団・弁護団が特措法成立に至る過程に関わったことは「事実」です。

そうである以上、肝炎問題全般を論じようとするなら、原告団・弁護団の言動を「すべて免責」して、「特別扱い」することはできないと考えます。

とりわけ、法律の専門家である弁護団は、いわゆる一般的な和解に着地できなかったことを真摯に反省すべきです。
北村健太郎
2008/02/14 13:21
 「全面解決」ではありませんね。折り返し地点にすら行ってないように思います。
 差別法になってしまったのは、僕にとっても痛恨でした。

 原告・弁護団を「すべて免責」するつもりもありません。後年この問題を振り返るときのため、彼らにも問題があったことは銘記されるべきだと思います。(北村さまの「まず内閣・与党」というお立場も、了解しています)
 ことに弁護団には、僕も思うところがたくさんあります。反省すべきこと、ご指摘の通りに思います。
birds-eye
2008/02/15 18:08

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