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科学とは猛獣であり、 僕たちはそれを御さなければならないということ。 そのためにはしなければならないことがあり、 でもそれは誰にでもできることだということ。
最近思うところがあって、こんなバナーを作ってみました。 もしもイイナと思われた方がおられましたら、ぜひご自由にお持ち帰りいただき、お好きなところに貼ってやっていただければ幸いです。一言コメントを残していっていただければ、なおうれしいです。 ※このバナーに関連して当ブログにリンクして下さる方は、トップページでなくこのエントリーでもなく、以下のエントリーにお願いいたします。 『科学に参画する市民のための「玉入れ」理論』 http://8910-1000.at.webry.info/200801/article_25.html (フルバナー 2パターン) ![]() ![]() (ハーフサイズ 2パターン) ![]() ![]() (極小版) ![]() 「責任」という言葉を、どうか重く受け止めないで下さい。 これは「みんなでやれることをやっていこう!」という呼びかけです。 まあ、聞いて下さい。 (※具体的な方法論については、こちらをごらん下さい) マンハッタン計画。 当時最先端の理論物理学を総動員したこの計画の成功は、科学という怪物が、その生みの親である人間を食い殺せるようになった瞬間でした。 ![]() (画像はWikipediaより転載) 科学とは、僕たちが人間の幸福を実現するために手に入れた、道具です。 しかし、複雑怪奇なまでに発展した現代科学は僕たち市民には手の届かない物になってしまいました。 その結果、僕たち市民は、この科学を『専門家』と呼ばれる人たちに任せきりにすることをおぼえて都合の良い果実だけを望むようになってしまいました。 いま科学は暴走しつつあります。 ≪暴走≫ ――つまり、僕たちの幸福のために跪くべき科学が、僕たちを苦しめるということです。 温暖化。 熱機関は莫大な運動エネルギーと引き替えに、僕たちの暮らす土地を水没させ、砂漠化させます。 でもその効能と代償を公平な秤にかけられる人は少ないです。 水没の危機に瀕する国があるかたわら、責任をなすりつけ合う国があります。 環境保護。 一つの生き物が滅べば、それはドミノ倒しのように次々と他の生き物を滅ぼし、やがては人間さえも滅ぶでしょう。僕たちは、100年後にも同じ在り方であれるような、今の在り方を模索する必要があります。 でも、その問題を正面から見据えている人は多くありません。 乱獲された魚を食べる人が、ムツゴロウをカワイソウだと言います。ディンゴを殺す人がクジラをカワイソウだと言います。 医療・医薬品問題。 叶うかぎりに良い生を生きるなら、医療の限界を正しくわきまえ、そのかぎりで最大限を自分のために活用すべきです。 でも、人は感情に流されて冷静な視点を見失います。 運命を前に激情に駆られ、分からないことからは目をそらし、演出された悪役を求めて医療者を責めます。それが無理難題ならば、必ず自分自身に返ってきます。 原子力。 爆発すれば一つの国が滅びます。意図したとしても、しなかったとしても。 でも、その害を言いつのるばかりで、解決策に取り組む人は稀です。 太陽光・風力・地熱発電が原子力発電の代わりを担える見込みは立っていません。日本の国土でこれ以上の水力発電を求める余地はありません。代償に何を差し出すか、市民が選ばなければならない問題です。 科学の暴走は、市民の責任だと思います。 科学は、僕たち自身が手綱を付けて、足下に従えるべき物です。 それは専門家のもとではなく、僕たちの手にあるべき物です。 そのために。 僕たちは、「分からないことから目をそらす」のではなく、「分からないなりに考え、学ぶ」姿勢が求められているのだと考えます。 分かりやすい結論に飛びついてはいけません。冷静に、自分の直感を疑い、専門家の意見に耳を傾けるべきです。 結論を急いではなりません。科学は現在進行中で、専門家の間でも議論があることがあります。両方の立場を知るよう努め、その中で自分の考えを持つべきです。 でも、全てを理解しようとしてはいけません。専門家ではないのだから、分からないのです。分からないことを認め、その中で最善を尽くすことが求められます。 そんなことを、のんびり、でもたゆまず続けていくことが、「市民が科学に責任を持つ」ことだと思います。 この姿勢を持ち続ければ、少しずつ良い社会が実現すると、僕は思います。人が科学に振り回されず、人間らしく生きられる社会になると信じています。
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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科学を学問で分類すると純粋な理学(物理、化学など)と工学(いわゆるxx工業)、経済学(数値統計主義)、医学などなどとなります。純粋な理学のみを科学と捉えると科学は猛獣ではないと思います。科学は道具ではありません。真実を明らかにするだけです。科学の応用分野が道具として科学を使用し、問題だと思います。応用については市民にも責任があると思います。 |
一般人 2008/01/23 09:54 |
一般人さん、コメントありがとうございます。鋭いご指摘、頭が活性化する思いです。 |
birds-eye 2008/01/23 20:07 |
コメントにたくさん答えていただいてありがとうございます。 |
一般人 2008/01/25 08:21 |
一般人さん、コメントありがとうございます。 |
birds-eye 2008/01/25 23:00 |
(続き) |
birds-eye 2008/01/25 23:12 |
(続き) |
birds-eye 2008/01/25 23:27 |
(続き) |
birds-eye 2008/01/25 23:27 |
あ、誤解を招きそうなので補足します。 |
birds-eye 2008/01/25 23:31 |
クローンを作ることは、科学ではないと思います。 |
一般人 2008/02/02 16:08 |
>クローンを作る××の理論は正しいか? |
birds-eye 2008/02/03 19:12 |
以降は科学技術だと思います。理論ではありません。 |
一般人 2008/02/03 22:25 |
う〜ん、なかなか言葉のすりあわせが大変ですね(^^;) |
birds-eye 2008/02/04 21:45 |
水、人間と特定した時点で科学ではないと思いますよ。 |
一般人 2008/02/05 13:16 |
(続きです) |
一般人 2008/02/05 13:17 |
ご指摘のこと、確かに記述が不正確でしたね。ありがとうございます。 |
birds-eye 2008/02/05 23:58 |
二つめは、 |
birds-eye 2008/02/06 00:05 |
科学的知識がボトルネックになるのは、もっともです。 |
一般人 2008/02/06 08:23 |
>科学知識も思考回路も持ち合わせない人が国を動かす危険性 |
birds-eye 2008/02/07 23:16 |
あまり深刻に捉えない方が良いと思いますよ。 |
一般人 2008/02/08 08:08 |
ありがとうございます(^^) |
birds-eye 2008/02/08 23:38 |
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