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zoom RSS 医療崩壊: この国の医療をむしばむもの

<<   作成日時 : 2008/01/14 22:52   >>

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『助かるハズのものは、必ず助かる』
そんな幻想は抱かないでください。
医療は常にぎりぎりの戦いであり、
しかも我々が提供するのは廉価品にすぎません。
このエントリーは、記事集≪白鳥一声≫のために書かれました。 ここに書かれた内容は、僕birds-eyeが最も大切に思う考え方を表しています。

 人の命と幸福が理不尽に断たれることについて。

 医師を志そうと決めた僕が、いま力の及ぶ限りで書きたいことがあります。

 この記事は、次の人全てに宛てて書くものです。
  • 「薬という名の毒を」与えられて、健康をむしばまれた人
  • 「未熟な医師のあってはならない過ちによって」人生を縮められた人
  • それらの人を気の毒に思う、市民としての良識と責任を持つ全ての人
 これから僕が書くことは、このような方々にとって受け入れがたいものであるかもしれません。
 でもそれは、僕が次のことを望むからです。
  • できる限り最高水準の医療が
  • 未来永劫にわたって
  • 分け隔てなく全ての人に与えられること

 この記事は、僕たちがあきらめなければならないことがあるという話です。
 それが「確実な医療」というものです。

 医療についてのどんな不正を糺すときも、まずそのことを胸にとどめなければなりません。

◆ ◆ ◆

 まずはじめに、原点に立ち返りたいと思います。
 「医療」とはどういうものでしょうか?

 「医者はエライ」という先入観を忘れて、どうか等身大に考えてください。
 お断りしますが、まだ医学生ですらない僕もこの点については素人同然です。

 目の前に、ひどく苦しんでいる方がいます。痛みに顔をゆがめ、おもわず目をそらしたくなります。このままでは死んでしまうかもしれません。
 自分はその人を助けたいと思います。

 自分の手には、メスという名の刃物があります。生きた人の体を切り刻むためのものです。
 または、何か(それは人や家畜の体液であるかもしれませんし、石油や鉱物やカビやコケかもしれません)を煮詰めて作った気色の悪いクスリがあります。

 幸い、それをどう使えばよいかは、おぼろげな見当がついています。
 その方法でこれまで何人かは助けることができました。
 しかし、残りの何人かは助けることができず、逆に命を縮めてしまいました。繰り返します。刃物を振るい、クスリを与えることで、≪結果的に≫その人らの命を自分は縮めてしまいました。

 目の前に、ひどく苦しんでいる方がいます。
 治るもハッケ、治らぬもハッケ。
 あなたならどうしますか?


 もしも当たり前の責任感と同情心を持った人なら、次のように言うはずです。

「私はこれから、×××の処置を行おうと思う。

 自分は、
 それを行うほうが行わないよりあなたの助かる率をあげ、
 それがあなたの幸福に寄与することになると信じている。

 でも、それは絶対確実なことではない。
 この処置であなたは死んでしまうかもしれない。
 私は人の体については何も知らないに等しい。
 神ならぬ自分では、結果を予言するなどできはしない。
 この処置は、行わないほうがよいものかもしれない。

 処置を行うかどうか、
 それを決断することは、あなたにしかできない。
 良心に従って助言することならできる。
 自分の知識をあなたに伝えることもできる。
 でも、あなたの人生はあなただけのものであるのだから、
 この処置を行うべきか否か、私には決めることができない。
 
 だから、どうか。あなたの責任において選んでください。
 あなたはこの処置を望みますか?
 それとも、何も行わず、成り行きに運命を任せますか?
 あなたが選ぶ責任を、
 私が肩代わりしてあげることはできない」


 これが医療の本質であり、インフォームド・コンセントと呼ばれる手続きの由来です。
 どれほど医療が進歩しても、この本質は変わりません。
 風邪薬ひとつに至るまで、この例から漏れる医療は存在しません。

◆ ◆ ◆

 医師の側から見たこのような現実は、当然のように治される側の責任を示唆します。

 いわずもがなのことです。
 たとえ望ましくない結果に終わっても、それを受け入れることです。

 医療は、いわば契約です。
 首を縦に振った瞬間に、その全てがあなたの責任の下に置かれます。
 たとえ手術やクスリがあなたの命を縮めても、
 それはあなたが選んだことです。

 医師や製薬会社を責めることは、契約違反になるということです。

 …これが大変つらいことで、感情的に受け入れがたいことは理解できます。
 でも、それを承認してもらえなければ、医療行為が成り立たないのです。
 これなくして、上の状況で医師は手を出すことができません。
 だから医者は、患者にも結果を受け入れる責任を求めます。


 そしてその「責任の範囲」は、いまの日本においては、おそらく一般の方々が思われるよりもずっと広いものです。

 次はその話をします。

◆ ◆ ◆

 医療制度について、日本は魔法の国です。
 錬金術のように無から有を生み出しています。

 日本では、どんな人でも医療を受けられます。
 しかも、全ての人が最高水準の医療を容易に受けられます。
 一台数億円のMRI検査さえ、わずか数万円の自己負担でできてしまいます。
 「医者にかかる金がなくて、死んだ」という話は、皆無ではありませんが、現代日本ではきわめてまれです。

 アメリカでは、貧しい人は病院で門前払いされます。
 訴訟社会なので、その保険として
 診療費は極めて高額に設定されています。
 ある人の寿命は、その収入と強く相関します。
 お金で命を買わないといけない国です。

 イギリスでは、医療制度がパンクしており、
 緊急入院を要する患者が何週間も自宅待機させられます。

 社会福祉制度が充実した北欧諸国は、その一方で、
 収入の大半が税金として持って行かれます。

 先進諸国トップクラスの医療水準と、
 最低ランクの医療負担。

 極めて安く最高水準の医療を実現する日本は、
 各国からも高く評価されています。


 しかし、この世界に魔法など存在しません。
 魔法が手品だとしたら、必ずタネがあります。
 この話のタネはどこにあるのでしょうか?

◆ ◆ ◆

 日本が誇る医療制度は、次の二つに支えられています。
  • 医療従事者の並ならぬ努力
  • 医療リスクに対する患者側の理解


 勤務医の過酷な勤務実態は、最近では有名です。
 当直翌日の通常勤務など、当たり前です。
 労働基準法の定める水準で働くには、いまの三倍の人員が必要だそうで、それを一人でこなす医師は決して割のよい職業ではありません。


 そしていまの医療費は、何かあっても患者が納得することを前提とした価格設定です。

 医療訴訟に備えた保険加入費を、診療費に上乗せすることは認められていません。
 貧しい人にも医療を提供するため、医療費は一律に安く定められているからです。

 患者は「手術のうまい医者」を選べません。
 難易度の高い手術は、医師の技量次第で生存率が大きく変わるでしょう。
 しかし医者を選ぶためにお金を積み増せば、自由競争に従って医療費は高騰します。
 富める者にも貧しき者にも、医療の機会は平等に与えられるべきです。

 その上、医師には常に過負荷がかかっています。
 三人分の仕事を一人でやっているのだから当然です。
 当然、ミスも増えるでしょう。

 しかし、いまの医療制度はこのような条件の上に成り立っています。
 それは、その結果望まぬ事態を招いてもあきらめる、という理解を患者の側に求めるものです。

 日本の魔法の医療制度は、そのリスクを受け入れることによって成立しているのです。

◆ ◆ ◆

 望まぬ結果に不当な非難を鳴らすことは、この優れた医療制度を崩壊させます。
 制度を支える両輪のひとつが失われるのだから、当然です。
 しかも、もう一方の車輪が失われるのも時間の問題になるでしょう。
 医師だって何のために頑張るのか分からなくなります。

◆ ◆ ◆

 「手術が失敗した」とき、それは防げた失敗だったかもしれません。新人医師ではなくブラックジャックに頼めば助かったかもしれません。あなたにはその財力があったかもしれません。
 では新人医師は誰の手当をするのでしょう?
 貧しい人たちですか?

 「その薬は必要なかった」かもしれません。飲まなくても死ななかったかもしれません。
 試してみたかったですか?

 「医療行為に殺された」
 人間は、何をしないでいてもさえ、ある日突然死ぬものです。それが直前の医療行為に起因するかどうか、それは専門家にすら分からないことです。
 なのにどうして言い切れますか?


 このような非難を行うことは、はじめに述べた「医療の本質」を根底から変えてしまうものです。

 「万が一にも望ましくない結果を生じてはならない」
 このような理念を実現するためには、医療制度を根本から作り替えねばなりませんが、それは間違いなく国民全体の不利益になることです。

 できないことはできないので、失敗をあがなうことでしか医療行為は成立しなくなります。
 つまり、医療訴訟に負けたときの費用を、あらかじめ患者から徴収するということです。
 それは医療費の高騰を招き、近い将来
  貧しい人が病院から門前払いされる
 アメリカのような状況を生み出すことを意味します。

 薬事行政も、そうです。
 良心的な係官は、自分の能力の及ぶ限りで新薬の審査をします。しかし、まっとうな責任感を持っていれば、「絶対に安全」などと言い切れるわけがありません。
 だから、「使うときは注意してね」と言って新薬を送り出します。
 薬局に行ってみてください。どの薬にもそう書いてあります。
 それでも不測の被害を責められるなら、厚生労働省は
  新薬など承認しません。
 行政組織は国民の意思に従って税金を運用する組織です。国民がそれを断罪するなら、国民の不利益を招こうとも、行政はその新基準に従って新薬承認を控えるでしょう。健全な行政組織において、これは当然のことです。
 僕たちはそれを予測すべきです。

 これが、医療崩壊です。

◆ ◆ ◆

 ここまで読んでくださった方には、当然胸をよぎる疑問があります。

 そう、責められるべき過失は、確かに存在します。
 「酒を飲んで手術した」「カルテを改ざんした」「製薬会社の利益や役所の体面のために、副作用の情報を隠蔽して対策を怠った」このような不祥事は断固として追求されるべきです。

 しかしその責任追及は、塩の山から砂粒を除く細心さをもって行われなければなりません
 求めるものが塩のほうである以上、「洗い流して溶け残ったものを除く」ような乱暴な責任追及は、望む結果をもたらしてくれないはずです。

 「医療にリスクはつきものだ」
 この事実を忘れた責任追及が、医療崩壊を招きます。

◆ ◆ ◆

 しかし、どれほど細心の注意を払おうとも、乱暴なやり方を行わないのならば砂の全てを取り除くことはできません。

 だからどうか、砂を噛む覚悟を持ってください

 医療の怠慢によって理不尽に人生を断たれる人も、防げない死で不条理に断罪される医師も、僕は望みません。

 しかし、未だに発展途上にある医学は、この二つを完全に分けることができないのです。

 だからこそ、全体として望ましい医療制度を築き上げるためには、医療事故の救われない被害者が出ることもやむを得ないと考えます。

 医療行為を受け入れるとは、自分が医療事故の犠牲者となるリスクまで受け入れることだと考えます。
 少なくとも、いまの日本の医療制度はそれを求めるものだと、僕は考えます。

 その上で、≪救われない医療被害者≫と≪えん罪の医療従事者≫の総数が最小となるよう、医療関係者と国民全体が不断の努力をすること
 これが僕たちの目指すべき道だと、僕は信じます。


■ お断りとお願い
 この記事は、いまはまだ医療の素人である僕が書いたものです。以下の参考文献に基づいて書きましたが、中にはずいぶん前に読んだきり手元にないものもあり、誤った記憶を元に間違った事実を書いているかもしれません。
 この記事は、あえて複数の医師ブログにトラックバックを送らせていただきました。自分の素人考えに自信がないので勇気がいりましたが、批判に耳を塞いですませられる問題ではないと考えたからです。
 この記事を読まれて、誤った記述を見つけられた方は、どうかご指摘くださるようお願いいたします。できるだけ早く訂正させていただきます。

■ この記事を書くにあたって参考にした文献


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薬害肝炎訴訟 福田衣里子さんの名言
私達(C型肝炎の被害者)より、彼ら(厚生省の役人)のほうが、病気なんじゃないかと思う。その通りだと思います。薬害に苦しんでいる国民を救うどころか、C型肝炎に感染した418人分の個人ごとの情報が記載された症例リストを放置していた。(隠していた?)ということです。上記言葉は、20歳で発病し、青春の半分を薬害肝炎訴訟に捧げた怒りの叫びですね。? ...続きを見る
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内 容 ニックネーム/日時
birds-eyeさんの誠実さが伝わってきます。
日本医療は進んでいると思います。
また、医学はあくまで統計を伴った処置を行うもので、これは正しいというものは無いと思います。
しかし、急性盲腸は手術をして除去する。は長年の実績もあり、患者も医師も正しい認識で極めてリスクは低いと思っています。急性盲腸などのような医療責任は医師にあると思います。
しかし、すべての医療に当てはまらないのは確かです。
薬にしても、そのときに考えられるケースを想定することは大切です。工業製品には、品質管理の手法として想定される問題点を挙げて、チェックをします。
医療の現場で、チェックなんてするとその間に患者さんは死んでしまうので、無理でしょう。
そのチェックを行うのが医療行政だと思います。
bird-eyeさんには、知識習得と経験(触診でもなんでも)を期待しています。
確率が1/100から2/100に上がるだけでも、医療の進歩と思います。
一般人
2008/01/15 11:52
 一般人さん、コメントありがとうございます。ご評価とご期待は、忘れず頑張ろうと思います(^^;) とりあえず今春から4年間で、迷惑にはならない医者になりたいと思います。

 さて、真っ向からの意見になってしまい申し訳ないのですが…
>急性盲腸などのような医療責任は医師にある
 このような症例まで含め、全ての場面で細心の責任追及が必要という趣旨でした。というのも、どうか以下のような例があることをご理解下さい。

『意外な虫垂炎』
http://blog.so-net.ne.jp/case-report-by-ERP/20070428
 「うっかり」「思いこみ」という感じで書かれていますが、盲腸といえどもこのような紛らわしい症例で、一人の医師が一生涯の長期でこのようなミス(と呼んでいいのかどうかも分かりませんが)を皆無にするのは難しいと思うのです。
birds-eye
2008/01/15 17:43
 これは万全を期すならフェイルセーフな医療制度を設けるような事ですが、たとえば医師を二重に配置するなど、現在の医療制度はそのような費用を計算に入れていません。
 もちろん怠慢があれば追究されるべきですが、「全て怠慢」とは言えない難しさが、どんな症例にもついて回るのだろうと僕は理解しています。

>そのチェックを行うのが医療行政
 僕もおそらくそうだろうと思います。異なる分野で培われた様々なリスク管理(?)手法が、有効に生かしあえると良いなと思います。
birds-eye
2008/01/15 17:48
一般人さん>
15年目の外科医です。
「盲腸に始まり、盲腸に終わる」
外科医に言い伝えられている言葉です。命に関わる盲腸も数多くあります。一番重要なのは、重症化する前に手術をするということです。外科医はその患者の運命を変えられる可能性を持っています。
外科医が変えられない運命も多く存在することをご了承下さい。
当然、ご理解頂いていることとは存じますが、それが盲腸であってもその限りではありません。
また、盲腸は通常、限られた視野で(小さな傷で)行うことが慣例になっており、かえって危険性が高まることもあります。
「盲腸に始まり、盲腸に終わる」
先人の言葉は、そんな戒めなのかもしれません。
Atsullow's caffee
URL
2008/01/17 11:11
 Atsullow's caffeeさん、コメントを、そしてお越しくださってありがとうございます。ブログでは大変たくさんのことを学ばせていただいています。
 この「盲腸」の件でもそうですが、精一杯調べているつもりでも、やはり自分の素人考えではポイントがずれてしまうなと思いました。「まず早期治療の重要性」→「つぎに特殊例の可能性」という優先順で訴えるべきことでした。
 僕は医者を志し、それでもまだ医学から距離があるうちに、両方の立場を近づけるような主張を発信できたらと思っています。このブログの目標の一つですが、やはり間違えることはあると思うので、その時に正してくれる医師の目があればと切に願っています。
 今回は本当にありがとうございました。これからも、もしよろしければ、どうかよろしくお願いいたします。
birds-eye
2008/01/18 00:39

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