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それぞれの職業に求められる、最低限の素養。 多くの場合は資格や免許です。 しかし、政治家の場合は何でしょうか?
国会で福田首相と小沢氏の党首討論が行われました。僕は、討論の内容それ自体よりも、演壇にたった二人(特に民主党の小沢氏)の議論のスキルに、深刻な疑念を抱きました。 党首討論 衆議院TV (討論の内容) 『【党首討論(1)】「首相、年金記録問題で改めておわび」(9日)』 『【党首討論(2)】「平成21年4月から年1回定期便」(9日)』 『【党首討論(3)完】「首相、インド洋補給活動 国際平和協力の観点から」(9日)』 イザ!配信 2008.01.09 これは重大な問題だと考えます。議論の内容でなく、重箱の隅をつつくような話だと思われる方は、どうかご理解下さい。 政治家の仕事は、国会を初めとする議論の場で、自分の政治的理念を実現することに他なりません。だから「議論のスキル」とは身につけていて当たり前の技術です。それは政治家がどんな理念をもっているかという事以前の問題です。 例えるならば、政治家にとっての「議論のスキル」は音楽演奏家にとっての楽器の技術のようなものです。演奏家とは、言うまでもなく、ある曲を「どのように弾くか」ということに芸術家としての存在意義を問われます。しかし、楽器が満足に扱えないのはそれ以前の問題なのです。政治家もそれと同じことだと僕は考えます。 僕はこれから、今回の党首討論で目に付いた「政治家たちの稚拙な議論」を指摘していくつもりです。しかしまずは、僕の考える「議論のスキル」とはどのようなものかを述べます。 色々な分類の仕方があるかと思いますが、ここでは僕は議論を「プレゼンテーション」「ディスカッション」「ディベート」の3要素に分けたいと思います。これらは本来別物で、実は重複している部分もあるのですが、国会での議論にはその全ての側面があると考えるのでこの分類に従います。
僕はかねがね、これらのスキルが日本の国会議員たちには決定的に不足していると考えていました。 本来、これらのスキルを習得するには相応の訓練を受けなければなりません。その訓練を政治家たちがきちんと積んでいるのかどうか、僕ははなはだ疑問に思っています。 しかし、いますでに政治家になっている人たちにおいては、公の場で行われた(僕たちが税金を払って行ってもらっている)議論の機会からその問題を改善させなければなりません。 そこで、今回の党首討論を見て僕が感じた問題点を、次に列挙します。 ※今回の検討は、党首討論のうちの「年金問題」に関する部分だけで行います。「給油新法」のほうまでチェックしている時間がありませんでした。 ■ ヤジが多い 言うまでもないことのはずなのですが、これは論外です。「建設的かつ友好的に議論」するためのディスカッションの条件に著しく反します。 言うまでもないことですが、ヤジは何も生み出しません。聞いた人を(聴衆を含め)不快にさせるだけです。述べるべき意見があるなら堂々と述べるべきですし、それができないなら議論に加わるべきではありません。 これを行う議員には議員の資格がないと、僕は思っています。 ■ 声が小さく不明瞭 特に民主党の小沢党首です。背をかがめてぼそぼそとしゃべり、「あー、えー」と口ごもることが多く、かけている時間の割に主張している内容が少ないです。「明朗なスピーチ」のプレゼンテーション、および「時間を効率的に使う」ディベートの条件にも反しています。 これは政治家ならば常日頃から訓練すべき内容で、小沢党首が彼の年になっても身につけられていないのは(そしてその彼が民主党の党首の座にいるは)驚くべき事です。朝日新聞の天声人語でも述べられていますが、小沢氏は弁舌を磨く努力をすべきです。 ■ 議論の時間配分 取り上げた議題のことではありません(これについては、各紙の1月10日付け社説をご覧下さい)。 党首「討論」であったにもかかわらず、45分の限られた時間しかない中で、小沢氏が福田首相に対して初めて質問を行ったのは開始から8分近くたってからのことでした。遅すぎます。「時間を効率的に使う」プレゼンテーションおよびディベートの条件に反します。 確かに、討論において自分の立論を行うことは大切です。必要な立論ならば質問が途絶えることも仕方がありません。しかし、小沢氏がこの8分間で主張した内容は総理大臣としての心構えについてと、年金問題におけるこれまでの経緯でした。小沢氏が国民の耳を意識したのだとしても、年金問題の経緯は周知の事実で、短い党首討論の間に述べるべき主張だったとは思われません。その時間を使って、もう3つでも4つでも与党議員をドキリとさせる質問をたたみかけるべきでした。 党首討論は、党首が互いに質問しそれに答えるからこそ意義があるものです。重視させるべきは質問で、主張を長々と述べることではありません。小沢氏はこの後も発言の時間のほとんどを自説の主張に費やしましたが、これは党首討論で取るべき姿勢ではないと考えます。 ■ 相手の答えを先回りしない これは説明が要ります。議論において、「こう言うと、あなたはこう答えるかもしれないけど…」という類の発言は時間の無駄です。 それらのことは、質問の形で問い、相手に答えさせるべきなのです。特に予想される答えを引き出す際は、YES/NO形式で答えられる質問にするか、可能な限り相手の返答が短くなるかたちで質問するべきです。 相手に言わせることが大切なのです。相手の答えを自分が先回りして言っても、説得力が無く、また無用な誤解と摩擦を助長するからです。プレゼンテーション、ディスカッション、ディベートの全ての条件に反します。 例えば、小沢氏のこの発言が問題です。 (年金記録の不備を申告制にすることを、国会の場で)同僚議員からいろいろと聞くと、それをやると、うそをついて年金をごまかしてもらおうとする人が多くなるとか、いろいろと混乱が起きるとかの理由で答弁がなされているようだが…このようなことを一つ一つ先回りして長々と語るよりは、全て質問として相手に突きつけるべきでした。 ■ かみ合わない議論 前出の衆議院TVの配信ビデオで21分50秒あたりから行われている議論は、両氏の主張がかみ合っていません。「相手の意図を汲み取る」ディスカッション、「的確な反論」ディベートの条件に反します。 この議論で小沢氏が行っている質問は、「年金記録を社保庁の中で照合する前に、まずは国民全員に確認ハガキを送るべきではないか?」という内容です。つまり、作業の順番を変えろという主張です。それに対して福田氏は「先に照合作業をするべき理由」を答えるべきでした。 しかし福田氏は、小沢氏の質問を「年一回送付する定期ハガキ」のことと勘違いしたようで、「照合作業が終わってから送る」と答弁しています。小沢氏もその食い違いに気づかなかったようで、さらに「人手が足りないから即座の全員確認が行えない」という主張だと勘違いを重ねた上で、社保庁には十分な人数がいるはずだという議論に持っていってしまいました。 これは、意図の明確な質問が行えなかった小沢氏、その意図を正しくくみ取れなかった福田氏、双方の問題です。 ■ 意図の明確な質問を 朝日新聞の天声人語では、福田首相の「私も本当にね、考え方は同じだと思いますよ」という発言が紹介されています。これは党首討論で出るはずもないトンチンカンな答弁でしたが、招いたのは小沢氏だと僕は考えています。 それに先立つ小沢氏の質問があまりに分かりづらいものでした。何が問いたいのか、その意図を把握するのに苦労します。ここに引用します。 小沢氏 「総動員態勢でという話があったが、現実に社保庁の作業を聞いてみると、国税庁から3人、民間から11人の応援をもらってやっているにすぎないということであるが、いずれにしても社保庁と厚労省だけで5万4000〜5000人もいるわけだから、それに市町村の協力を得てやればできないはずがない。これは絶対に一般国民の皆さんには納得がいかないことだ。そういうことをまず実施して国民の皆さんからの『これは違う』という人たちからの申し出を受けて、これは安倍晋三前首相のときにもいったが、基本的にこの問題を解決するには国民の皆さんからの申し出を原則的に認める以外にないと。本当におかしな、つじつまの合わない話は別にして、それ以外に解決の方法はないではないか。これは行政のずさんなやり方によって起きたことだから」(引用はイザ!記事より。最後の福田氏の発言が、天声人語で紹介されていたものです。) 小沢氏の主張は、おそらく「問題を解決するには国民の皆さんからの申し出を原則的に認める以外にない」という部分でしょう。しかし、安倍前首相を引き合いに出したり、総動員態勢に反論したり(それも福田氏の意図を誤解した上で、間違った事実を主張して)することで、この意図が非常に伝わりにくくなっています。 しかも、その分かりづらい発言を「首相は国民の立場に立って」などと締めたものですから、福田氏が小沢氏の主張を「問題の取り組みへの姿勢」のことだと考えたのは、やむを得ないことです。それならば、「自分の考えは違う」などという答えは返ってくるはずもなく、「私も考え方は同じ」という答弁になるのは当然でした。 小沢氏の質問は、自分の意見(質問)を効率的に伝えるプレゼンテーションの条件に反するものでした。 以上に指摘したものは、例えば大学で弁論サークルあたりに所属しているか、あるいは理系研究室で研究発表の訓練を受けていれば、その大部分は身に付くはずのものです。いわば、プロとしては当たり前の技術だと僕は考えています。 僕が恐ろしいと感じているのは、この当たり前の技術が政治家に全く理解されていないのではないかということです。 今回の党首討論を、町村官房長官は「非常に大人の落ち着いた雰囲気の討論だった」と評したそうです。さらに「盛り上がらなかったのではないか?」記者に問われて、「盛り上がるというのは、ヤジが飛び交うことを盛り上がるというのであれば、それはいい盛り上がりなのか分かりません」と答えています。「盛り上がる」という言葉から「かみ合って、充実した議論」という発想が出ず、まっさきに「ヤジ」を思いつく同氏の見識を疑います。そして、これが議員の一般水準ではないかということを恐ろしく感じます。 『町村氏「大人の雰囲気」 福田首相をヨイショ?』 イザ!配信 2008.01.09 日本の政治家が、このような議論のスキルをきちんと習得することを望みます。
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