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「人の人生に影響を与える」ことは、 大きな喜びなのだろうと思います。 知恵を授け、喜びを与え、悩みを癒し、病を治して。 ――あるいは、傷を負わせ、人生を奪う者として。 米国ネブラスカ州オマハ市で、また銃乱射事件があったそうです。 『米の商業モールで銃乱射、8人死亡 犯人は自殺』 イザ!配信 2007.12.06 私事ではあるのですが、僕が幼い頃に暮らしたなじみのある街なので、事件を聞いてとてもショックを受けました。 ネブラスカ州はアメリカ本土の中央部、国境線から最も遠いところにある州です。トウモロコシ畑が地平線まで広がる農業州である一方で、交通の要衝でもあり、古くは電話の中継地でもあったため訛りの少ないきれいな英語が話されています。寒暖の差は激しいものの、良い意味で田舎ののどかな土地柄です。 オマハ市は州都リンカーンをしのぐ同州最大の都市です。といっても40万人ほどの人口なので大都会のようなビル群はありませんが、子供たちのための福祉施設であるボーイズタウンが有名で、そこに建つ銅像がいかにも施設にふさわしく僕は好きでした。(※そもそもどうして、市井に建つ銅像は8割がたが裸婦像なのでしょう? 人間の美しさについて、もっと豊かな発想があっても良いと思うのです。) それでも、国際的に有名なものはほとんどなく、僕が日本に帰ってから街の名を聞くこともありませんでした。何かの拍子に話題になればと米国のニュースでは気にかけていましたが、こんな事件でその名前を見ることになったのは悲しいです。 犯人は何を思って犯行に及んだのかと、このような事件のたびに考えます。 銃社会の問題についてはこの記事では触れません。ガン・ロビーの問題などはありますが、米国社会のことはそこの国民自身が決めることです。 日本は世界的に見て銃規制がうまく機能している国であり、そして世界でもっとも安全に暮らせる国の一つです。そのことを僕は評価し、変わらず続いていってほしいと思います。 乱射事件の犯人は、テレビの報道を見ると、「有名になってやる」といった内容の書き置きを残していたようです。 しかし有名になるだけなら、変わった衣装を着て送電鉄塔に登っても有名になれます。銃乱射という手段を選ぶ理由は、それだけではないと思うのです。 僕の偏見かもしれませんが、犯人は人を殺すことによって自分の存在を誇示したかったのではないでしょうか。 「他人の人生に自分を刻む」ということは、多くの人のうちにある普遍的な欲求だと思います。自分のことを記憶し、たびたび思い出してもらうこと。多くの場合は、相手を気遣い、親愛の情を伝え、その人の好意を勝ち取ることで実現されます。しかし、これは高度な社会的技能を求められる、なかなか難しいことでもあります。 そして、他人の人生に自分を刻む簡単にして究極の方法は、その人の人生を奪うことです。 だから、銃を乱射するのではないでしょうか。 僕は、人の関心を引くために銃を乱射したりしません。それはなぜでしょうか? たぶん、自分にそれなりの自信があるからだと思います。たいした自信ではなく、タレントのように何万人に愛されるなどは露ほどにも思いません。でも、僕はこれまでの人生の中で自分を大切に思ってくれる人を何人かは見つけてきたと思っていますし、これからの人生の中でさらに何人かを見つけていくだろうと、そのことについては確信に近いものを持っています。 だから、銃を乱射する人は、そのような自信をついに見つけることができなかった人なのだと思います。 理由は想像するしかありません。親に虐待されて育ったのかもしれませんし、学校でいじめられてきたのかもしれませんし、もともとの性格的なものかもしれません。その何かが、この事件の犯人にとっては耐えられないことだったのでしょう。 それは悲しいことだと思います。 同情的なことを書きましたが、僕はこのような犯行を許しません。僕がその立場にあったなら、犯人を射殺して十字架を背負うことになってでも犯行を未然に防ごうとします。 でも、罪を憎むこととは別に、そこに至った背景に思いをはせたいと思うのです。 安易に「キ○ガイが銃を乱射した。銃社会のアメリカ人は理解できない」という考えを持ちたくないと思います。 乱射事件や通り魔事件のたびに、僕が思うことです。 |
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私も物心ついてからのネブラスカ育ちです。日本に来た時のお土産のTシャツには「何もないことで有名なネブラスカ州」とプリントされていました。本当にこのような事件で世界に知られてしまうとは残念ですね。しかし、ネブラスカのような美しい自然豊かな場所で暮らす青年の心にさえ現代社会の歪みの悪影響が起きているとは...ショックです。乱射した青年の心の遍歴を探り、その思いを考察してみることは、事件の再発を食い止めるためにも必要なことだと思います。同情の必要はありませんが、「罪を憎み、人は憎まず」。罪を生み出す社会の歪みについて真剣に考え、取り組んで行きたいものです。長年罪を犯した少年たちの矯正教育に尽力してこられたある修道士の方が、口ぐせのように「この世に悪い人など一人もいません。」と言われます。私の思いも然りです。 |
cowgirl 2007/12/08 15:20 |
cowgirlさん、コメントありがとうございます。旅に出ていてお返事遅れてしまいました。 |
birds-eye 2007/12/10 00:42 |
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